■女性を魅了し支配してきた美女を襲う恐怖…『悪女シリーズ』
1980年代に『週刊明星』(集英社)で連載され、全18巻が発刊された「悪女シリーズ」は、悪女をテーマにしたオムニバス作品。普通の主婦が堕ちていったり、悪い女性に魅入られて破滅したりと、さまざまな悪女が織りなす愛と憎悪が描かれている。
そんな人気シリーズのなかで、筆者がとくに恐ろしいと感じたのが『密の味』というエピソードだ。
秋に挙式予定だった亜矢は、フィアンセの浮気が原因で男性が嫌になる。そんな折、美しき女性陶芸家ミナカミ・カズに魅了され、彼女の工房に押しかけてしまう。だが、そこには、カズにすがりついて泣く女弟子の姿が。
実はカズは同性愛者で、飽きると冷たい態度をとって捨ててしまう。過去に何人もの女性の弟子が失踪したり、自殺未遂を起こしたりしていた。そして亜矢が目撃した、カズにすがって泣いていた弟子も自らの命を絶ってしまう。
それでも亜矢は、危険な美しさと才能を兼ね備えたカズに魅了されるが、真の恐怖は物語最後に描かれる。
作業場でろくろを回していたカズが悲鳴をあげ、その手は血まみれ。陶芸家の命ともいえる指が何本も切断された。
それは長年カズを慕っていた古参の女弟子の仕業だった。彼女は高速で回るろくろの粘土内に、カミソリの刃を何本も忍ばせていたのだ。
多くの若い女性を支配してきた女陶芸家が、命ともいえる指を失ったのと対照的に、犯行に及んだ女弟子が、これで先生が他の女に触れることはないと安堵していたのが恐ろしく、哀れだった。
幼い頃、美容室でこのエピソードを読んだ筆者は、あまりの恐怖に本と目を閉じたのを今も鮮明に覚えている。
■甘やかしたツケが鬼を生む…『大介夢幻抄シリーズ』
最後に紹介するのが、オカルト・ルポライター早乙女大介の活躍を描く短編シリーズ『大介夢幻抄』。そのなかで個人的に一番ゾッとしたのが、第2話「鬼の棲む家」だ。
大きな一軒家に住む老人、大竹市子が孤独死する。唯一の身内である孫の道彦は、10年前に殺人事件を起こして消息不明になっていた。
彼女の遺書を読んだ大介は、古い家を残すという市子の考えに疑問を抱く。一方、雑誌編集者の加山みゆきは、ルームメイトの宮川多枝子とともに、無人になった大竹邸を格安で借りることになる。
だが、その大竹邸では冷蔵庫から食材が消えたり、人がはいずりまわるような物音がしたりと、不気味な現象が続いた。
その後、多枝子は刑事から道彦が起こした事件の話を聞く。両親を事故で亡くした道彦は、市子に甘やかされて育った。そんな道彦が16歳の時、女子高生を暴行したあげく絞殺し、行方をくらましたのである。
ある夜、みゆきに付き添って大介が大竹邸を訪れると、いるはずの多枝子の姿がない。そして、すすけた天井からは謎の血が垂れていた。
通報で駆けつけた警察とともに大介が屋根裏に踏み込むと、そこはひどい異臭と山のようなゴミ。その奥には、暴行を受けていた多枝子と、屋根裏に潜んでいた殺人犯である道彦の姿があった。
知らずに殺人犯と暮らし、その被害にあった事実も恐ろしい。だが、自分の死後も人殺しをした孫を匿おうとした祖母の間違った愛情にも身の毛がよだつ、おぞましさを感じたエピソードである。
わたなべ先生の描くホラーでは、不気味な怪物や無残な死体の衝撃的な描写以上に、身勝手な人間たちの恐ろしさが目を引く。多くが昭和に描かれた作品ながら、今読んでも十分に「ゾッ」とさせられるはずだ。
また、わたなべまさこ先生は現在もご自身のSNSにて、スタッフを通じて素晴らしい作品を公開されている。かつて、わたなべ先生の描く美少女に憧れた読者は、ぜひ一度チェックしてみてほしい。