
90歳を超えてからも、新作を発表している漫画家がいる。現在、96歳を迎えられた「わたなべまさこ先生」だ。
1929年生まれのわたなべ先生は、1952年に『小公子』(原作:フランシス・ホジソン・バーネット)の執筆後、『すあまちゃん』(若木書房)で少女漫画家としてデビュー。1971年には『ガラスの城』(週刊マーガレット・集英社)で第16回「小学館漫画賞」を受賞された。
そのほか2002年に「日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞」を受賞、2006年には女性漫画家として初の「旭日小綬章」を受勲されるなど、まさに漫画界を代表するレジェンドである。
5年前のコロナ禍、当時91歳のわたなべ先生は、アシスタントとの“密”を避けるため、たったひとりで新連載『中国怪異譚 朱い紐』(月刊JOUR・双葉社)を描きあげ、さらに同年には初の電子書籍での連載にも挑んでいる。
そんなわたなべ先生といえば、昭和40年~50年代には米国の人気ドラマ『奥様は魔女』のコミカライズや、『ふたごのプリンセス』(月刊プリンセス・秋田書店)など、西洋風の愛らしい絵柄がマッチした少女漫画で人気を集めた。
だが、わたなべ先生といえば、実はとんでもない恐怖表現にも定評がある。そこで今回は筆者が読んだときに思わず「ゾクッ」とした、本当に怖かったわたなべ作品を振り返ってみたい。
※本記事には各作品の内容を含みます。
■天使のような美少女が起こす恐怖の惨殺事件…『聖ロザリンド』
1973年に描かれた『聖ロザリンド』は、少女漫画誌『週刊少女フレンド』(講談社)で連載されたホラーサスペンス。
8歳のロザリンド・ハサウェイは天使のような美少女だったが、彼女の周囲では謎の事故死が後を絶たない。ロザリンドを溺愛していた伯母も不慮の事故で亡くなるのだが、実は伯母はロザリンドに殺害されたのである。
伯母の宝物だった金の置き時計が欲しかったロザリンドは、伯母に「死んだら形見に譲る」と遺言を書かせて殺した。欲を抑えることができないロザリンドは、無垢ゆえか自身の残虐性にも気づけずにいた。
いとこのダリアから「指輪を触らないで取れたらあげる」とからかわれた際には、温室のトリカブトで彼女を毒殺。その後、ダリアの指を自分の歯で噛み切るという壮絶な方法で、約束通り「指輪に触らない」で指輪を手に入れるのだ。
ロザリンドの凶行は容赦ない。
コティ婦人が大切に飼っていた小鳥が欲しくなったロザリンドは、彼女が死んだら鳥をもらう約束をし、彼女を殺そうとする。だがロザリンドが凶行に及ぶ前に、欲しかった小鳥は野良犬に食べられてしまう。
悲しむコティにロザリンドは「必ず取り戻してあげる」と約束。だが、その方法がエゲつない。ロザリンドは野良犬を毒入りの肉で殺して腹を裂き、“取り返した小鳥”を箱に入れてコティに渡すのだ。
変わり果てた愛鳥のむごい姿を見せられたコティが、受けたショックを想像するだけでゾッとする。
ほかにも、首を吊らされた伯母をブランコ代わりに遊んだり、焼却炉に隠れた友人を焼死させたりするなど、ロザリンドの行動は身の毛もよだつものばかり。
だが幼いロザリンドはろくに善悪の区別もついておらず、少女の“無垢な思い”が結果的に凶行に駆り立ててしまう。悪意なく恐ろしい行動を繰り返すロザリンドに多くの読者が恐怖しながらも、その行動から目が離せなくなるのだ。
そんな『聖ロザリンド』は半世紀の間に何度もかたちを変えて再版され続け、わたなべ先生の代表作のひとつとなった。