
みなさんは「250万乙女のバイブル」と呼ばれた、昭和の人気少女漫画をご存じだろうか。それが1985年より『りぼん』(集英社)で連載された、柊あおい氏の『星の瞳のシルエット』である。本作は友情と恋愛の間で揺れる中学生の切ない青春を描いた物語だ。
連載当時、筆者は小学生だった。学校のクラスでは、“真理子は悪者”、“久住くんより司がカッコ良い”といった話題で盛り上がっていた覚えがある。
しかし、令和になった今、約40年ぶりに『星の瞳のシルエット』を再読してみたところ、当時とは違った視点で本作を見ることができ、意外にも違う感想が生まれた。それはどんなものだったのか、紹介していきたい。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます
■真理子は悪くない…!? 実は上から目線で行動していた香澄
まずは、本作の大まかなあらすじを紹介しよう。
主人公の女子中学生・沢渡香澄は、幼い頃に出会った男の子から「星のかけら」をもらい、その思い出を大切にしていた。そんななか、親友・森下真理子の想い人である久住智史と知り合い、香澄も久住のことが好きになる。香澄と久住の距離は近づいていくものの、真理子の気持ちを考える香澄はなかなか本心を久住に伝えられない……という話である。
この展開は昭和少女漫画によく登場した「親友の好きな人を好きになってしまい、その親友のために身を引く」といった内容だ。当時の読者は、真理子を思いやる香澄に対して同情が集まっていたように思う。しかし今読み返してみると、実は香澄も割と大胆なことを思っており、やや真理子を見下しているようなシーンもあるのだ。
たとえば高校受験期、学力に秀でた香澄は久住と同じ高校への進学を決める。その際、香澄は、“ごめんね真理子、私、久住くんと同じ高校行きます。許してね、あなたを裏切らないから”と、心の中でつぶやいている。しかしこの頃、すでに香澄と久住の距離はだいぶ縮まっており、真理子への配慮というよりはどこか上から目線に見えてしまう。
またその後、久住は香澄に告白するのだが、真理子のことを考えた香澄はそれを断ってしまう。その挙げ句、真理子に対し、“私、振られたの。ね、だから告白してごらんよ”と、告げている。久住の気持ちが自分にあると知りながらも真理子に告白を促す……これは見ようによっては無神経な態度ともいえるだろう。
このように香澄が良かれと思ってやった行動が、かえって真理子を傷つけてしまう場合も多く、今読み返すとハラハラするシーンも多いのである。
■両想いなのに隠すのはなぜ? 友情も大切だった女の子たちの気持ち
このように、最初からほぼ久住と両思いだった香澄だが、真理子の気持ちを思い、なかなか素直になれなかった。
その状況を知った久住の親友・白石司が「真理ちゃんにうまくいってやろうか?」と助け船を出しているのだが、香澄は「あたしね真理子好きなんだ こんなことで喧嘩したくないの」と答えている。ここまで香澄が真理子との友情を大切にするのはなぜなのだろうか。
昭和の時代、恋愛よりも友情を優先する姿は、少女漫画だけでなく当時のドラマでも頻繁に描かれていた。ヒロインが意中の相手をライバルに譲るといった謙虚な姿勢は、当時、理想とされた“おしとやかで一歩引く女性像”に合っていたように思う。そのため、そうした控えめなヒロイン像のほうが、読者に広く受け入れられやすかったのかもしれない。
また、自分の感情よりも他者の幸せを優先する自己犠牲の精神が美徳とされた雰囲気もあった。好きな人を諦め、親友の恋を応援する健気なヒロインの姿が、多くの読者の共感を呼んだのだろう。
しかし、今あらためて読み返すと、「星のかけら」の持ち主も久住だったわけであり、最初からそれを打ち明けていればこれほど複雑な関係にはならなかったのに……とも思ってしまう。