
80年代から90年代にかけて、少女漫画界でブームを巻き起こしたホラージャンル。少女漫画ならではの美しい絵柄で綴られる背筋の凍る恐ろしいストーリーは、多くの少女たちに恐怖を植え付けるものだった。
幽霊や妖怪といった題材以外でひと際人気を博していたのが、“霊能力”を題材にしたホラー作品。怖いだけでなくストーリー性があり、読み手に怖い、切ないといった様々な感情を沸き起こさせるのが特徴の一つだろう。今回は、少女漫画家が描く懐かしの「霊能ホラー」を振り返る。
※本記事には各作品の内容を含みます
■怖いけど泣ける『海の闇、月の影』
霊能ホラーといえば、1987年から1991年にかけて『週刊少女コミック』で連載されていた篠原千絵氏の『海の闇、月の影』は外せないだろう。超能力に目覚めた一卵性の双子・小早川流風と流水の壮絶な運命を描いた作品で、切ないストーリーや美しい絵柄で綴る恐怖シーンなど、見どころが詰まった名作である。
双子に物体貫通や空中浮遊といった超能力が目覚めたきっかけは、謎のウイルス。同時に、姉の流水はネガティブな感情が強まって人格が大きく変化し、唾液や血液で他者を操れるようになってしまう。一方、妹の流風には流水の感染に対する抗体を作り出せるという対極的な能力が目覚める。
二人には当麻克之という共通の想い人がいた。しかし克之は流風を愛し、流水は失恋。ウイルス感染前はそれでも妹の恋を応援する良き姉であったが、感染してからは克之へ独占欲を持ち、流風への憎悪が抑えられなくなってしまう。
悪に支配された流水は恐ろしく、壁や天井から出てきては恋敵の流風を追い詰める。しまいには克之の親までも殺害し、以来次々と殺人に手を染めていく。
そんな折、超能力に目を付けた科学者・ジーンが介入し、双子の血を使った禁断の薬とその処方箋を巡る争いが勃発。血みどろの戦いの末に処方箋を手に入れた二人に残された選択肢は、最終決着をつけることのみだった……。
多くの人を殺したが、流水を憎めないという読者の声は多い。それは、彼女の心の悲鳴が聞こえるからだろう。流風には克之がいるが、流水には味方がいないのだ。燃えあがるコントロール不能の憎悪と孤独感に苦しみ、「だれか助けて。苦しいのよ」と闇に落ちていく姿が可哀想でたまらなかった。