
森川ジョージ氏が描く熱血プロボクシング漫画『はじめの一歩』(講談社)は、ボクシングの素晴らしさがひとつのテーマだ。いじめられっ子だった主人公・幕之内一歩がプロボクサーとして戦い、成長する姿は、ボクシングの熱さと面白さを読者に伝えている。
しかし、ボクシングは相手を殴り倒すスポーツだ。敗者はすべてを失う非情さを兼ね備えており、作中では試合のダメージで「壊れた」としか言いようのない姿を見せるキャラもいる。
今回は『はじめの一歩』でハードパンチャーに痛めつけられてしまった悲劇のボクサーたちを見ていこう。
※本記事には作品の内容を含みます
■下馬評では一歩世代ナンバーワンの天才だったが…速水龍一
まずは、一歩が東日本新人王トーナメント準決勝で対決した速水龍一だ。卓越したボクシングセンスで学生時代にはインターハイ3連覇を成し遂げ、その才能は同世代でもずば抜けていると期待された逸材である。
前評判では「圧倒的に速水有利」と言われた一歩との対戦に挑んだ速水は、高速パンチの連打“ショットガン”で一歩を攻めたてる。しかし、相手はのちのフェザー級チャンピオン・幕之内一歩。
乱打戦の末に一歩がくり出した右アッパーでアゴを打ちぬかれた速水は、そのまま1ラウンドKO負けを喫する。「日本プロボクシングを背負って立つ」と期待された速水のボクサー人生は、この敗戦を機にどんどんズレていく。
新人王トーナメント後、速水は階級をJ・フェザー級に切り替え、小橋健太とのタイトルマッチに臨む。素質は速水がはるかに格上だが、彼のアゴは一歩のアッパーで完全に破壊され、軽く殴られただけでダウンするほどの弱点となっていた。その弱点を小橋に突かれた速水は無残に敗北し、念願のチャンピオンベルトを逃してしまう。
アマチュア時代の実績や才能を鑑みれば、速水は歴史に残る名ボクサーになれていたかもしれない。だが、たった一度の敗戦をきっかけにその未来を失ってしまったのだ。
■千堂を追い詰める才能は本物だったのに…茂田晃
次は、本作屈指の人気キャラ・千堂武士を敗北寸前まで追い詰めた茂田晃だ。
日本フェザー級チャンピオンに君臨していた千堂に挑んだ茂田は、観客はおろか読者も予想外の善戦を見せる。右利きでありながらサウスポーの構えをとるスタイルで千堂を翻弄し、名伯楽の鴨川会長ですら一時は茂田の勝ちを確信したほどだ。
だが、自分の力を過信して挑発行為をくり返したのが茂田の運のツキだった。第3ラウンドで怒りを爆発させた千堂の一撃で形勢を逆転された茂田は、その後は倒れることすら許されず一方的に連打を浴び続ける生き地獄を味わう。
そしてレフェリーストップで敗北した茂田は試合後、拳に恐怖する“パンチ・アイ”を発症してしまう。千堂の強烈なパンチがトラウマとなり、目の前に拳が迫ると過剰に反応したり目を背けたりする体になってしまったのだ。当然、ボクサーとしては二度と使い物にならない。
鴨川会長も「まずボクサー生命は絶たれた」と断言するほどに破壊された茂田。挑発行為など態度はあまり良くなかったが、千堂を追い詰めた実力は本物だった。なんとも惜しいボクサーである。