■海の友を見捨てなければならなかったB・Jの苦悩……「シャチの詩」
動物ものと親子ものには名作が多いB・Jだが、最後に紹介するのはB・Jと海の友との悲しい別離を描いた「シャチの詩」というエピソード。
開院して間もないころ、B・Jは手術のあとだらけの顔や体のせいで他人から気味悪がられ、遠巻きにされていた。そんな時、それを気にすることなく彼と友情で結ばれたのが、診療所近くの入り江に打ち上げられていた傷だらけのシャチだ。
初めての患者として特別サービスで治療したB・Jに、シャチはお礼として真珠を持ってきた。
その後も、傷を負っては治療をしてもらいに来るようになったシャチは、真珠の他にサンゴや古い金貨なども報酬として支払うようになる。こうしてシャチは、B・Jから「トリトン」と名付けられ、種族を越えた友情を結ぶのだった。
ところが、トリトンは漁場あらしで有名なシャチで、B・Jは大海原に帰るよう諭す。そしてついに、シャチが3人の子どもを喰い殺したと騒動になり、B・Jはそのシャチがトリトンであると知ってしまう。
入り江でB・Jの姿を見つけると、嬉しそうに口から真珠を出して手当てを待つトリトン。シャチ狩りに負わされた傷か全身ボロボロな友だちに、今度ばかりは治せないとB・Jは拒絶する。
日ごと、傷が増え弱っていくトリトンだが、B・Jに治療してもらおうと贈り物を運び続け、入り江の底はいつしか真珠でいっぱいになっていく。それと同時に筆者も、トリトンの健気さに心打たれ目に涙がいっぱいになっていた。
トリトンは真珠をくわえながら息絶えてしまうのだが、このコマで筆者の目は大洪水だ。もしもトリトンがシャチではなく人間だったら、二人はずっと友だちでいられたのであろうか。悲しい別れがさまざまな可能性を想起させる物語であった。
今回紹介したもの以外にも、泣かせるエピソードが数多くある『ブラック・ジャック』。50年近くも前に描かれながらハッとさせられる気付きが多く、令和の今こそ読むべき名作だと改めて思い知った。
皆さんが『ブラック・ジャック』で感動し、涙したのは、一体どんなエピソードであっただろうか?