『ブラック・ジャック』涙があふれて止まらない!「おばあちゃん」に「シャチの詩」も… 今こそ読みたい泣かせるエピソードの画像
手塚治虫『ブラック・ジャック』第21巻 (少年チャンピオン・コミックス)/手塚プロダクション

 2月9日は手塚治虫さんの命日(1989年)で「治虫忌」と呼ばれており、「漫画の日」ともされている。生涯にわたって多彩なジャンルを手がけてきた手塚さんだが、なかでも医学漫画『ブラック・ジャック』は代表作のひとつで、1973年から10年間にわたり『週刊少年チャンピオン』で長期連載された人気作だ。 

 ご存じの方も多いかと思うが、手塚さんも医学博士であり医師免許を持っているため、本作では彼自身の「もし医者になるならこんな医者になりたい」という理想の姿が描かれている。 

 それゆえ、主人公ブラック・ジャック(※以降B・J)の天才的な技術は言うに及ばず、難病・奇病に対して果敢に挑み、なにより患者と向き合う姿勢は真摯そのもの。本作を読み進めるうち、B・Jが患者を治療すると同時に、読者である私たちに命の在り方を教えているのだと気付かされるはずだ。 

 今回はそんな『ブラック・ジャック』から、筆者が独断で選んだ「泣かせるエピソード」3選を紹介したいと思う。

※本記事には漫画『ブラック・ジャック』の内容を含みます

■「一生かかっても払います!」大人になってから分かる母親の愛情と覚悟!……「おばあちゃん」

 最初に紹介するエピソードは、多くの人が「感動した」と声を揃える「おばあちゃん」。 

 車のエンジンの故障で困っていた夫婦を助けたB・Jは、彼らの家で男性の母親“おばあちゃん”と出会う。このおばあちゃんは金にガメつく、息子夫婦はホトホト困り果てていた。

 ある時、一体何にお金を使っているのか突き止めるため、息子はおばあちゃんの後を追う。すると、おばあちゃんは20年前に亡くなった名医“甚大先生”のお屋敷に入り、そこに住む奥さんにお金を渡すと、これが最後の支払いだと安堵する姿を見せた。

 実は30年前、おばあちゃんの赤ちゃんが難病にかかり、治すには治療代が1200万円かかると甚大先生に言われたのである。だが、おばあちゃんは迷うことなく「一生かかってもどんなことをしてもお払いします」と約束したのだ。

 このエピソードの30年前といえば、おそらく1950年前後。かけそば1杯が20円~35円で食べられたことを考えてもとんでもない金額だが、当時おばあちゃんが自分の息子を救うため、どれだけ必死に働いて借金を返そうとしたのかが作中でも描かれている。

 事実を知った息子は泣きながら「おかあさん!!」と後を追うが、おばあちゃんは長年の無理がたたったのか、脳溢血で倒れてしまう。

 母親を助けて欲しいとすがる息子に、B・Jは3000万円もらうが払えるかと尋ねた。すると息子は、「一生かかってもどんなことをしても払います!」と力強く答えるのだった。

 それに対しB・Jが「それを聞きたかった」と“名言”を残して、この物語は終わる。二人が払うと言った治療費は、相手を思う「覚悟の重さ」なのだと感じた。

■似たもの同士だったのに理解することができずに起きた悲劇……「万引犬」

 次に紹介するのは、心やさしい野良犬を描いた「万引き犬」。 

 工事現場付近で男の傘を盗んだメスの老犬が、車にはねられ重傷を負ってしまう。そこに通りかかったピノコが、B・Jに犬を助けて欲しいと頼んだ。

 しぶしぶながらも手当てしたB・Jは、老犬が「ぐうたらを絵にかいたようなヤツ」だったため、「ラルゴ(※音楽用語で“ものすごくスロー”を意味する)」と名付けた。 

 やがてピノコはラルゴを犬の品評会に出すが、そこでも女性審査員のネックレスを奪い逃走。実は、ラルゴは危険予知能力のようなものを持っており、傘は落ちた鉄骨から、ネックレスは倒れるテントから回避させるため、その人の持ち物で注意を引いていたのが“読者だけ”には何となく伝わる仕掛けだ。

 そんなある日、B・Jはとある国の大統領を救ったお礼として豪華な宝石のネックレスを贈られる。素直に喜ぶB・Jだが、またもやラルゴはネックレスを奪って家の外に逃げてしまった。

 ピノコとともに追いかけたB・Jは、ラルゴにネックレスをもとの場所に返すよう命令し、家の中に戻らせる。するとその時、大きな地震が起こって家が倒壊し、ラルゴは下敷きとなり死んでしまうのだ。

 B・Jとピノコはラルゴを追って外に出なければ、間違いなく命を落としていただろう。悲しげに家に入っていったラルゴの姿を思い出すと、涙がにじみ出てくるのを止められない。

 個人的な見解ではあるが、ラルゴもB・Jも周囲に勘違いされており、その真の姿は読者だけが知っている。そんな“似たもの同士”でさえ思いが伝わらず、さらにB・Jが命を救ってくれたラルゴを自身の命令で死なせてしまう、なんとも皮肉で悲しい物語であった。

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