鋭い洞察と救いの言葉で人を癒す『ミステリと言う勿れ』(2017年より連載中)、ゾクリとした近未来SFサバイバル『7SEEDS』(2001年より連載)、これらは現在40年以上のキャリアを誇る少女漫画家・田村由美先生の作品である。
しかし、昔からのファンからすると田村由美作品といえば、『巴がゆく!』(1987年より連載)をはじめとする巨大な敵と戦う“少女”主人公の作品をイメージする。
なかでも、女性読者から圧倒的な支持を得た『BASARA(バサラ)』(1990年より連載)は忘れられない一作だ。歌手の安室奈美恵さんも同作に魅了され、2007年に『Should I Love Him?』という『BASARA』の世界観を元にした曲を歌ったほどである。
そこで今回は『BASARA』をリアルタイムで読んでハマった筆者が、当時の熱気と作品やキャラクターの魅力について振り返りたい。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます。
■怒涛の展開すぎ…! ひとりの少女が口火を切った架空戦記
田村先生の初期作『BASARA』は、『別冊少女コミック』(小学館)で約8年の長期に渡って連載された人気作。1998年には『LEGEND OF BASARA』のタイトルでアニメ化もされている。
高度な世界文明が滅び、戦国時代程度まで回復した未来の日本を舞台に、主人公が王族の圧政に苦しむ民衆を救うため仲間と戦う物語だ。華やかで美しい絵柄でありながら、血と泥にまみれ、鋭い眼光で刀を握るヒロイン・更紗(さらさ)は、まるで少年漫画のヒーローそのもの。
白虎の村長の娘として生まれた更紗は、双子の兄タタラが「運命の少年」として人々の関心を集めるなか、自分は役立たずだと疎外感を抱いて育つ。ところが15歳のある日、国王の末子「赤の王」の軍勢が白虎の村を襲撃し、目の前で父と兄が惨殺されてしまう。
希望を失いかけた同胞を救うため、更紗は自分の長い髪を切り、「殺されたのは妹の更紗」と偽りの言葉で励ます。そして兄の形見である宝刀「白虎」を手に、「タタラ」として生きることを決意するというストーリーだ。
しかし、盲目の預言者・ナギは、実は身代わりだったのは兄のタタラのほうであり、更紗こそが「運命の子ども」だったことを読者に種明かしする。
……と、この濃密さが初回「第1話」の内容だ。
こうした怒涛の展開と波乱の幕開けに、当時の主な読者であった女性たちは『BASARA』の世界観へと一気にのめり込むことになる。
余談であるが、白虎の村の人々や赤の王側が「運命の“少年”」と兄・タタラを呼んでいたのに対し、外部の人間は「運命の“子ども”」といっていた。つまり女性である更紗を隠すために、両親が「運命の子ども=男」と印象づけていたことに気づいた瞬間、田村先生の秀逸な言葉選びに心底驚かされた。
■愛した相手は憎むべき宿敵? ヤキモキさせられる絶妙なすれ違い
更紗は「赤の王」を討つべく、残り三振りの宝刀「朱雀」「玄武」「青龍」の持ち主を味方にするため、たったひとりで仲間集めの旅をはじめる。
そんな事情を知らない周囲の反応は厳しく、彼女が過酷な試練や仕打ちに見舞われるたびに、あまりの理不尽さに胃がキリキリしたものだ。だが、偶然や奇策を用いて困難を乗り越える過程はおもしろく、何より敵対していた相手から信頼を得た瞬間は、鬱積した思いが晴れて実に爽快だ。
ところで読者の胃痛を加速させたもうひとつの要因が、本作のもう一人の主人公「朱理」との出会いであろう。
傷を癒すため温泉につかっていた更紗の前に、フクロウを連れた青年・朱理があらわれる。物怖じしない更紗に好感を持つ朱理だが、実は彼こそが白虎の村を襲った「赤の王」であった。
互いに正体を明かせぬまま惹かれ合っていくも、なぜか絶妙なタイミングで何度もすれ違うため、当時の読者は毎話ハラハラしながら見守ったものである。そんな朱理を筆頭に、更紗のまわりは顔や性格も「イケメンぞろい」だ。
美青年の揚羽は、幼い頃の更紗を守るために左目を失ったことから始まり、さまざまな場面で体を張って守り続けた。その献身的な行動と持ち前の美貌、そして悲惨な過去も相まって、今もなお多くの女性ファンを虜にしている。
ほかにも、更紗が最初に仲間にしたハヤト、ムードメーカーの那智やクールで頭の切れる聖など、数え上げたらキリがない。
個人的には、更紗のお目付け役である角じいが、下戸にもかかわらず更紗を守るために酒飲み対決に挑むシーンや、スパイだった浅葱が更紗の信用を得て、自身の師である柊を打ち負かすシーンなど、彼らのイケメンぶりに、思わず「好きっ!」と声を出さずにはいられないほどだった。