■抗い続ける女性とさまざまな愛のカタチ!

 本作は更紗の国盗りや、朱理と育む禁断の愛を主軸に、他キャラクターの考え方や生い立ちなども丁寧に描かれているため、読んでいるうちに感情移入してしまい、考察も止まらなくなってしまう。

 たとえば工作員部隊である「四君子」の末席に座する少女・菊音や、父親である国王から性的虐待を受けていた白の王(銀子)などは、更紗と同じく自身が“女性”であることに苦しんだ人物である。

 このふたりが対照的だったのは、苦しみをポジティブに克服した菊音は飛騨の猛将「市松」に求婚されて良い関係になり、銀子のほうは怨嗟から逃れられずに暗躍し続け、自分を守り続けた柊(柿人)さえ失うことになるのだ。

 このように、本作では主人公以外の女性も容赦なく過酷な運命にさらされるが、そのかたわらで惜しみない愛を注ぐ男たちの存在も魅力のひとつだ。

 権力者に声を奪われた一水(いずみ)は青龍の刀の継承者・雷蔵が支え、男勝りな女頭領・茶々のかたわらには幼なじみの座木がいた。

 なかでも、弾圧に屈しずジャーナリストとして戦い抜いた廉子と、その廉子の恋人であり、大老桃井の息子である穂積の悲恋に涙したファンも多いかと思う。かくいう筆者は、更紗の美しい母・千草に対する、朱理の腹心・錵山将軍の無骨な愛がもっとも切なく心に響いた。

 少女漫画ながら、悲惨で痛ましい恋愛……いわゆる「バッドエンド」展開の宝庫でもあった『BASARA』。革命と戦乱が題材になっているだけに、どれほどの人気キャラであろうとも、決定づけられた運命を回避することはできない。

「自分の推しキャラがいつもひどい目に遭う」「今回も死にそうで怖い」など、ある意味ファンには厳しかった作品ともいえる。

 だが、それゆえに彼らが必死に生きた証が読者の胸に刻まれ、更紗と朱理が選んだ生き方、そして仲間たちが下した結論に否応なく納得させられてしまうのだろう。本作はそれぞれのキャラクターたちが「ハッピーエンド」に向けて、必死に戦い、愛を紡いだ物語なのである。

――「『心を受け取る』と書いて『愛』と読むのだす」

 これは人を斬ることのできない玄武の刀の継承者「多聞」が、誰の耳にも届かないような声でポツリと洩らしたセリフなのだが、個人的には作品のラストを飾るにふさわしい名言だと感じている。

■誰もが知りたかった物語の「その前」と「その後」

 本作の単行本は全27巻が刊行され、そのうち25巻までが更紗たちの戦いを描いた「本編」。残りの26巻と27巻は、本編の「その後」と「その前」を描いた「番外編」となっている。

 大人になったハヤトのその後、年齢不詳で正体不明なナギの昔語り、相変わらずグータラな浅葱など、大好きだった「推し」のその後が描かれているので得した気分になる。

 とくに本編が始まる前を描いた中編漫画『KATANA』では、四本の宝刀の意味、更紗が生まれた白虎の村と朱理に繋がる王族との因縁が描かれており、これを読んでしまうと、再び単行本を1巻から読みかえさずにはいられないほどの衝撃だった。

 また、番外編タイトルは『KATANA』や『SARADA』、『PAJAMA』など、『BASARA』と同じ「母音がA」括りなのもおもしろい。

 余談ではあるが、当時筆者の友人が田村先生ご本人が発行した『BASARA』の同人誌を手に入れて、読ませてくれたことがある。「うらやましい」と思っていたところ、のちに番外編として収録されて大変喜んだ記憶がある。

 そんな番外編「幕間」のなかで、四君子筆頭で面倒見の良い群竹が、ほかの3人と違ってひとりだけ不器用な踊りを披露した際には爆笑した。

 90年代に発表された作品である『BASARA』だが、今読み返しても鮮烈で、当時感じた魅力は変わらない。「架空戦記」でありながら「生身の人間」が戦っている、そんな錯覚に陥るほど田村先生がキャラクターを作り込んでいるため、本作の没入感は半端ない。

 未読の人が読み始めたら、きっと最後まで一気に駆け抜けたくなるはず。発表から30年経っても色褪せない傑作『BASARA』の世界観に一度触れてみてはいかがだろうか。

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