天才・川原泉の傑作『笑う大天使』が時代を超えて愛される理由 「庶民派女子高生」による切なさとほっこりが同居する感動ストーリーの画像
白泉社文庫「笑う大天使 1」書影より
全ての写真を見る

 1980年代後半からはじまったバブル時代。ブランド品を身につけた「女子高生」たちが登場し始め、当時の少女漫画でもいわゆる“リッチ”な少女たちが誌面を華やかにしていた。

 そんな時代に“庶民”を誇る女子高生を主役にしたのが、少女漫画誌「花とゆめ」(白泉社)で1987年より掲載された川原泉さんの『笑う大天使(ミカエル)』だ。

 名門お嬢様学校「聖ミカエル学園」に通う3人の「猫っかぶり」少女たちが、妙なノリと屁理屈で笑わせ、胸がキュッとするような切ないシーンで何度も読者の心を揺さぶった。

 そこで30年近く経った今もなお愛され続ける、昭和後期の傑作『笑う大天使』を振り返る。

■歴史ある名門女子高「聖ミカエル学園」に通う“庶民派”少女たちの猫っかぶりな日々

 高校2年生の司城史緒は、母親の死をきっかけに生き別れの兄・一臣に引き取られる。司城家は由緒正しい家柄のため、庶民出身の母親は姑のいびりに耐え切れず、おなかに史緒を宿したまま出ていったという過去があった。

 母子家庭の貧乏暮らしで育った史緒は、母に楽をさせるステップとして超進学校に入学するも、一臣の独断で名門「聖ミカエル学園」へと強引に転入させられる。それまでの生活とのギャップに辟易する彼女だったが、斎木和音と更科柚子という自分と同じ“庶民”気質の持ち主と出会い、学園では「猫を飼っている(猫かぶり)」と知って仲良くなる。

 本作のおもしろさのひとつが、3人それぞれが実際の姿とは真逆の“理想像”を押しつけられ、「学園のアイドル」に奉り上げられてしまうギャップにある。

 柚子は「知恵と幸福のコロボックル様」として3年のお姉さま方の寵愛を受け、本来ガサツな和音も「聖ミカエルのオスカル様」として下級生から慕われることに。

 ふたりを奪われた2年の同級生たちは、転入生の史緒こそ「ラオウ様より強いケンシロウ様」だと考え、自分たちを導く「何か」を見出すという思考に笑いが込み上げる。

 その「何か」とは真のお嬢様との“育ちの違い”であり、本来なら史緒の自虐的かつマイナスなイメージでさえ、学園のお嬢様にとっては憧れるものとして描かれている。そして読者としては、そんなイメージを背負わされた3人のあっけらかんとした性格にほっこりさせられるのだ。

 日々蓄積するストレスにより、笑顔の裏でキツめの毒を吐きはするものの、和音に憧れる下級生を助けるよう史緒が促したり、ふたりの家庭環境を聞いて柚子自身は家族に恵まれていると感じ入ったりと、なんのかんの言って根っこはお人好しで優しい少女たちだ。ところが、そんな3人が大きな事件に巻き込まれてしまう。

■ウンチクとパロディがギュっと詰まった川原作品

 川原泉作品の魅力といえば「むぎゅむぎゅ」といった独特の擬音や、「うんにゃ」などの脱力返答、さらに随所に盛り込まれた“ウンチク”も外せない。

 たとえば怪しい神父エミリオ・マリーニの紹介シーンだけでも、「カトリックは(旧教)神父」「プロテスタント(新教)は牧師」といったマメ知識が描かれ、あらためて読み返すと「なるほど!」と感心させられる場面は多い。

 かと思えば、3人が化学室でふざけて作った薬品で「怪力を得る」という突然のトンデモ展開もある。そのうえ力を持て余し、ショックを受ける彼女らは、自分たちを『鉄腕アトム』や『超人ロック』などにたとえ、各々キャラクターの姿を借りて泣いて笑って踊ってと、やりたい放題なのである。

 それ以外にもアニメや漫画ネタがそこかしこに詰まっているので、思わず「ニヤリ」としたファンも多いはずだ。

 さらに、各地で発生中の「女子高生連続誘拐事件」の魔の手が「聖ミカエル」にも及ぶ。その犯人こそがマリーニ神父を騙る偽者と、人身売買組織であった。

 少なからず関わりある令嬢が誘拐されたと知った3人は、偽者のマリーニ神父にわざと拉致されることに。その最中にも、いつもの独特な咀嚼音で「ムギチョコ」を食べるなど緊張感がない。

 ちなみに少しづつこぼされたムギチョコの商品名が「ムギ666」で、それをパトカーと追跡するのが「ダミアン」と言う黒い犬なのも、分かる人だけが分かるネタだ。

 こうして3人は人身売買組織のアジトに監禁されたものの、例の薬による怪力によって脱出。船に積まれていた作業着に安全ヘルメット、口元を手ぬぐいで隠すという、とても正義の味方には見えないいでたちで、「聖ミカエル」の生徒を救うのである。

  1. 1
  2. 2