江戸から明治にかけて、その時代の旬の美人、役者、風景を描き庶民に愛された浮世絵。その技術は実は現代にも継承されており、手彫り手摺りの浮世絵と人気アニメとのコラボが行われているのをご存じだろうか。
たとえば、2024年9月26日に販売開始し話題となったのは、アニメ『クレヨンしんちゃん』とのコラボ浮世絵木版画だ。
これは歌川広重「東海道五十三次内 原 朝之富士」をモチーフに野原一家が江戸旅をする様子を描いたもので、画面の枠からはみ出すほどの富士や湿地帯のように広がる浮島ヶ原が美しい一枚。アニメと同じタッチで描かれたしんのすけたちが、歌川広重の風合いに見事溶け込むように表現された浮世絵木版画となっている。
アニメと浮世絵の意外なコラボはこれだけではない。『ゲゲゲの鬼太郎』や『ドラえもん』といった名作から、近年の『進撃の巨人』や『Fate/Grand Order』といった国内の漫画・アニメ、映画『スターウォーズ』に「マーベルシリーズ」といった海外作品までが浮世絵になっており、国内外で大きな注目を集めているのだ。
これらはいずれも、コラボ浮世絵をプロデュース・企画・制作してきた株式会社版三による作品。『クレヨンしんちゃん』をはじめ、なぜ江戸の浮世絵技術でアニメキャラとのコラボを行ったのか、版三にその思いを聞いた。
■しんのすけたちを歌川広重の浮世絵に溶け込ませる技術
「これまでいろいろなキャラクターとのコラボを行いましたが、日本を代表するキャラとしていつか葛飾北斎、歌川広重あたりの背景にしんのすけたちを馴染ませたいという思いがずっとあり、企画を相談させていただきました」
そう語るのは株式会社版三の代表取締役・坂井英治氏。しんのすけの丸い顔や、それを見守るヒロシやみさえ。いずれのキャラも色合いはまさに浮世絵で、太い細いのない浮世絵にはないアニメ調の線が、不思議なかわいさに繋がっている。
浮世絵木版画は絵師・彫師(ほりし)・摺師(すりし)の三位一体の協力体制から生まれるが、今回の浮世絵の元となったのは2017年版『クレヨンしんちゃんカレンダー』に使用された末吉裕一郎氏の水彩画。
その水彩イラストを元に絵師が彫りや摺りの工程のために色の数や色の重なり方、線の太さなどを整え、それを彫り師が1ミリの誤差もなく木版を彫り、摺り師が和紙に一色一色を摺り重ねていく。全て手作業で行うため同じ版木で何百回も摺りを行うことが出来ず、そのため、すべてが限定生産となっている。
彫りは伝統工芸士・朝香元晴氏によるもので、「墨線だけで一日に9時間彫って、1か月ほどかかります」(朝香氏)と、やはり相当な時間を要するものだという。
木版に使われるのは細い線を彫るのにも耐える山桜。江戸時代には伊豆半島に山桜が群生しており、それをイカダで江戸に運び木版に使用していたという。江戸とまったく変わらぬ素材、技法により、野原一家が広重の世界に飛び込んでいるというわけだ。
版三はこれまで、いくつもの作品とのコラボを行ってきた。作品のチョイスのポイントについて坂井氏は、「浮世絵とそのキャラクターとの物語の繋がりを大事にしたい」と語る。
「たとえば『ドラえもん』であれば、のび太たちがタイムマシンで江戸時代にワープするといった場面が一枚の浮世絵から想像ができます。また『スターウォーズ』でしたら、ジョージ・ルーカス監督が黒澤明をリスペクトしていたということで、その背景にはチャンバラなどの日本文化の影響が見受けられますから、浮世絵の表現とも相性が良いんです。しんのすけたちも劇場作品でタイムスリップをしていたり、何より着物が似合いますから。何より、家族で旅行を楽しむという構図がピッタリですよね」(坂井氏、以下同)