■大海へと挑んでいく一人の少年の物語…『風の陣』
本宮ひろ志氏といえば、『サラリーマン金太郎』や『俺の空』といった、劇画タッチを活かした硬派な作品を得意とする漫画家である。
そんな本宮氏が2007年から『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載した『風の陣』は、ヨットで海を渡る“セーリング”を題材にしたスポーツ漫画だ。
本宮氏の手掛けた数々の作品のなかでも非常に斬新なジャンルを取り上げた一作で、天才スキッパーである少年・風間陣が、シングルハンドディンギー、470級、クルーザーといったさまざまなヨットを操り、海に立ち向かっていく。
本作は、我々にあまり馴染みのないヨットを題材にしていながらも、その構造や知識が丁寧に解説されており、全国のヨットファンからは非常に注目されている作品でもある。このため、本作は“日本セーリング連盟会報誌”にも掲載されている。
また、マイナースポーツを取り扱っていてもなお、作中通して“本宮節”とも呼べる熱い描写の数々が変わることはない。セーリングに挑む不器用だが熱い男たちの生きざまや、そこに描かれる哀しさや寂しさ、人物描写の緻密さは、本宮氏の実力あってこそだろう。
主人公・風間陣も物語序盤は夢を追いかける無垢な少年だが、ストーリーに合わせ力強くたくましい、熱さを秘めた男へと成長を遂げていく。加えて、激しく流動する海や荒波といった自然描写も、本宮氏持ち前の劇画タッチにより確かなリアリティとなって表現されている。海の広大さもさることながら、人間たちに襲い掛かる自然の驚異までも丁寧に描かれているのだ。
ヨットに不慣れだった少年がその才能を開花させ、やがて大人へと成長しつつもより広大な海原へ挑戦していく姿は、まさに一つの大河ドラマを目の当たりにしているかのようである。“セーリング”というどこかマイナーなテーマでありながら、そこにしっかりとした成長劇や人間ドラマを盛り込んだ、作者の漫画家としての実力が存分に発揮された一作だろう。
ビリヤード、ソフトボール、セーリング……数々のスポーツ漫画があるなかでもどこかマイナーなラインナップではあるが、そのルールや世界観を丁寧に描き、作者ごとの持ち味を生かした物語を作り上げているのは、やはりさすがと言わざるをえない。
これらの作品に触れることで、マイナースポーツの面白さがより身近なものになるかもしれない。