■“受けた恩恵を次の者へ”…政の心を救った「紫夏」
最後に、趙の闇商人・紫夏を紹介しよう。
政は秦の王族・子楚と趙の舞妓・美姫の間に生まれるが、子楚が2人を残して趙を脱出して以降、長平の戦いにて40万人の兵士が秦に虐殺された趙国民の怒りをその身一つで受け止めていた。
秦国王・昭王が崩御したことによる王位継承に向けて、政を秦に帰還させるために闇商人である紫夏・亜門・江彰に、政の運送依頼が舞い込む。命がけの危険な依頼であることを知りながらも、自身が過去に餓死寸前だった際、敵国に追われ満身創痍だった行商人に救われた経験があることから、紫夏はその依頼を快諾する。
秦に辿り着くためには5つの関所を抜けなければならないが、闇商としてのコネや巧みな話術を駆使してすべて突破し、秦軍との合流地点に向けて足を早める。
しかし、長平の怨念を一身に受け止めていた政は、腕を矢で射貫かれても痛みを感じないほどに精神が破壊されていた。生き埋めにされた人々の亡霊に苦しみ、王になる資格がないと嘆く政だったが、紫夏の檄によって閉ざされた心が解放されるのだ。
趙軍の追尾隊に追いつかれてしまい、次々と仲間が命を落としていくなかでも紫夏は諦めることなく弓を取る。「受けた恩恵を次の者へ」という、過去に自身を救った商人の言葉を思い出しながら、敵の矢で幾度となく射貫かれてもまた立ち上がり、命を賭して政を守り抜くのだった。
身も心もどん底の状態にあった政をすくいあげた紫夏の温かな心は、その後も政のなかに宿り、人の持つ本質を呂不韋に説く際の究極の武器となったのである。まさしく秦の命運を大きく左右した、物語上においても偉大な人物であったと言えよう。
ちなみに紫夏は今夏公開される映画『キングダム 運命の炎』で登場する重要な女性キャラでもあり、女優・杏さんが彼女を演じることが発表された。政と紫夏のエピソードが実写映画ではどのように描かれているのか、今から楽しみだ。
男たちの激しい戦いだけでなく、知と武を兼ね備えた女性たちの熱き生きざまがドラマチックに描かれているのも、『キングダム』の大きな魅力である。主人公・信の戦いや、中華統一に向けて歴史がどのように動いていくかだけでなく、心を熱くさせる女性キャラたちの戦いに、今後も注目していきたい。