■『H2』より、千川高校×明和第一高校 甲子園準決勝

 あだち作品の中でも最高傑作と言われる『H2』からは、やはり主人公のエースピッチャー・国見比呂率いる「千川高校」と、幼なじみでライバルでもあるスラッガー・橘英雄が所属する「明和第一高校」の激闘が外せないだろう。

 高校3年最後の夏、両校は無事に甲子園へと出場し、ついに準決勝で直接対決が実現する。この試合は比呂と英雄にとって、選手としての決着はもちろん、ヒロインである雨宮ひかりを賭けた試合でもあった。

 試合前に英雄は「甲子園が終わった後、比呂か俺を選んでくれ」とひかりに告げるのだが、やはり勝負前の男の直球セリフこそあだち充漫画の真骨頂ではないだろうか。そんな中スタートする準決勝、この試合で高速スライダーを初披露した比呂は、9回まで明和打線を抑える。

 試合はクライマックスである9回二死から英雄との勝負という名シーンへ。逃げずにストレートで勝負をする比呂と、比呂のストレートを信じて待つ英雄。結局比呂は英雄を三振に抑えて英雄との勝負には勝つのだが、最終的にひかりは自分を必要としている負けた英雄を選んだのだ。

 試合が決まったときのひかりの涙が何を意味していたのか、本当の気持ちははっきりと描かれることなく読者それぞれの受け止め方に委ねられる。あだち作品の最高傑作と言える切なさと余韻が残るラストだ。

■『ラフ』より、緒方剛が最後の夏に見せた背中

『ラフ』といえば、あだち作品には珍しく「水泳競技」を題材にした青春スポーツ恋愛漫画でありながら、熱い友情を描いた作品でもあった。

 中でも多くの読者の心に残った名シーンとして語り継がれているのが、主人公・大和圭介の親友で野球部員の緒方剛が戦った高校二年の夏の県大会。あだち流のエモさがたまらない名試合だ。

 大和圭介とはスポーツでも恋愛でも良きライバルという存在の緒方だが、病気の母の治療のために北海道へ引っ越すことが決まる。結果的に負けてしまうその最後の一戦で描写された、緒方と圭介との「男同士の友情」が涙必至の展開なのだ。その際、無理に予定を変更して試合に駆け付けることとなったヒロイン・亜美の「多くを語らずともわかっている」という姿勢も、この男たちの友情をより際立たせている。試合に負け、駅の改札に向かう緒方はメガネを光らせて表情を見せない。「あだち去り」とも呼ばれる、背中だけ見せて手を振る緒方の姿が切なかった。

 

 ストーリーが展開していく中、それぞれの登場人物の機微な感情が複雑に絡み合うことで独特な切なさを生み出すあだち作品。きっと読者の数だけ「切なさ」が生まれているはずだと、そう思わずにはいられない。

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