『タッチ』西村勇に『ラフ』緒方剛…あだち充ならではの演出が“切なすぎる”「試合に敗れた男たち」の画像
少年サンデーコミックス『タッチ』第20巻(小学館)

 スポーツの世界では勝者が輝くが、光があれば影もある。漫画やアニメでは「敗者」側の物語が描かれることもあり、時には読み返すたびに涙してしまうような切ないエピソードが生まれることも少なくない。「スポーツ漫画での負け試合」と聞いて、漫画好きの人であればそれぞれすぐに思いつくエピソードがあると思うが、野球漫画を中心にスポーツ漫画を手がけてきたあだち充氏の作品には、負けた名キャラたちが数多く生まれた。

■『タッチ』より、プールでの会話が切なかった勢南の西村

 まずは、あだち氏の初期代表作ともいえる『タッチ』から。テレビアニメ化もされて大ヒットを記録した同作には野球の試合だけでなく数えきれないほどの名シーンがあるが、「負け試合」といえば勢南高校の西村勇をまず思い浮かべてしまう。

 勢南高校は、主人公・上杉達也らの所属する明青学園と同じ地区にある高校で、エースである西村は変化球を得意とする凄腕の投手だった。自信満々の上から目線なキャラで、試合での成績は群を抜いており2年の春季大会でノーヒットノーランを達成。バッターとしても類まれなる才能を持っており、4番としてホームランを放っている。

 そんな西村の最後の試合は、明青学園と戦う前に準々決勝でぶつかった三光学院だった。小学生の頃から変化球を投げ続けていた西村の肘は3年最後の夏に悪化し、狙ったところにボールを投げられない状態になっていた。そのうえ試合前日に、大好きだった祖母が亡くなるという不運まで重なっての登板。結局最後は西村のフォアボールによる押し出しでサヨナラ負けを喫することとなる。

『タッチ』でこの負け試合が印象的だったのは、彼の試合が直接は描かれず、あくまで結果のみ知らされるという演出だったことだろう。

 準決勝に上がってくると思った西村が、まさかの押し出しサヨナラ。自信家だった彼は人目をはばかることなくグラウンドで号泣してしまったそうで、それをマネージャーから笑い話として聞かされたときの怒った達也が切なかった。試合経過も苦しそうな表情もいっさい見せない、あだち充にしか描けない敗者の姿だったように思う。

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