■『タッチ』静寂から轟音の号泣シーンへ
またあだち充氏による『タッチ』でも無音演出によりキャラが味わった悲しみを伝える場面があった。同作は双子の兄弟である上杉達也・和也と、幼なじみの浅倉南の三角関係を描いた青春野球漫画だが、全26巻中のたったの7巻で、試合に向かう途中の和也が事故死してしまう。
霊安室に訪れた南に達也が「きれいな顔してるだろ ウソみたいだろ 死んでるんだぜ それで……」と静かに語りかける作中屈指の名シーンには、効果音や擬音はいっさい描かれない。それどころかコンクリートの壁に音が全て吸収されていくかのような、暗い静けさだけがそこにある。
また、『タッチ』の無音シーンが素晴らしいのはこの後だ。音のないシーンから一転、達也は和也が好きだったクラシック音楽を部屋で大音量で流しながらシーツをギュッと強く握りしめる。
一方、南は電車の走る鉄橋の下で声を上げて泣く。しかしここに描かれるのは、あくまで「ヴオオン」「ゴオオオオオ」といった音楽や列車の音だけで、二人の慟哭はかき消されてしまっている。どんな言葉で彼らは泣いたのか。それは読者には分からない。しかしただ、どうにもならない無常さだけがこんなにも心に響いてくるではないか。
2人のやりどころのない心の悲しみと、それとは関係なく流れていく大きな環境音とを対照的に表現した名シーンとなっている。