■呼吸も忘れてしまう『キングダム』の白熱シーン

 最後は原泰久氏による『キングダム』。58巻、新・趙三大天で“武神”と称する武勇を持つ大男・龐煖(ほうけん)と主人公の信との一騎討ちのシーンには見どころ盛りだくさんの「無音」シーンが描かれる。

 そもそも馬陽編では王騎を刺して致命傷を負わせ、合従軍編では麃公(ひょうこう)を一騎討ちの末、片腕を犠牲にしながらも討ち取った龐煖。蕞(さい)攻防戦終盤での信との戦いでは決着には至らず、いずれ信にとっては倒さなければならない相手であった。

 登場するだけで圧倒的なオーラを放つ“武神”。その登場から一騎討ちのシーンには、セリフや音はほとんど描かれなかった。あの王騎と戦った際には「ゴゴゴ」など、武器の当たる大きな音が描かれていたのにも関わらず、だ。

 迫力のある画力で描かれた戦いは、それだけ息をのむ展開だったということだろう。余計な音のない彼らの一挙手一投足を読者は固唾を飲んで見守った。そして、その過程を経て龐煖の身体が武器ごと両断されるという最後は『キングダム』の中でも指折りの白熱シーンとなったのだ。

 戦いが終わった後、それまで息を吸うことさえ忘れていた読者はようやく呼吸ができたのではないだろうか。

 あえて音を排除することで、音で知ることのできる情報以上の感情や情景を訴えかけてくる漫画たち。その奥深い表現には、感服しきりだ。

  1. 1
  2. 2
  3. 3