漫画は目で見てページをめくるだけなのに、怒涛のストーリー展開やキャラクターのセリフやコマ割りでの視線誘導によって、まるで自分がその場にいるかのような没入感を味わうことができる。
しかし通常は情景を分かりやすくするために加える「音」に関する表現を、あえて外すことで逆に情景やキャラクターの心情をうまく想像させる作品もある。具体的にいえば、重要なシーンなのにあえてセリフなし、書き文字と呼ばれる効果音の表現も極限まで少なくした「無音」シーンがそうだ。
今回は、数多くある漫画の中から、作者の力量の高さを感じた圧倒的な表現力の「無音」シーンを紹介したい。
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記事では『SLAM DUNK』『タッチ』『キングダム』の物語についてネタバレを含んでおります。未読の方はご注意ください。
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■『スラムダンク』ラスト数秒“無音”の緊張感
まずは井上雄彦氏によるバスケ漫画の金字塔『SLAM DUNK』から。名シーンを挙げるとキリがないが、中でも物語のクライマックスには震えてしまうほどの「無音」の名シーンがある。
それは主人公の桜木花道らが属する湘北高校が全国大会2回戦であたった秋田の強豪校・山王工業高校との試合が描かれたコミックス最終31巻でのこと。
この巻では後半から、ほとんどセリフらしいセリフが登場せず、特に山王戦のラスト約30秒では桜木以外誰一人セリフを発さない。ただ無音の中で試合の様子だけが描かれ、今まさに私たちがこの試合の目撃者として彼らを見守っているような感覚におちいるのだ。
その永遠にも感じる時間の沈黙を破るのが沢北による逆転シュート。ボールがゴールに入らんとする瞬間が数コマにわたって描かれ、「パスッ」と言う小さな書き文字が、湘北を応援してきた読者に確かな絶望感を与えた。だが残り9.4秒、赤木のスローインから流川がボールを受け取り、最後はゴール下で待つ桜木へパスが……。選手たちの極限の緊張感と集中力を伝えるこの無音の演出に、鳥肌が立つほど感動した読者は多いのではないだろうか。