2022年1月に逝去された漫画家・水島新司さんの代表作といえば、やはり『ドカベン』の名が挙がる。主人公の“ドカベン”こと山田太郎と個性豊かなチームメイトが、ライバルたちと熱戦を繰り広げる野球漫画の金字塔だ。
つねに朗らかな優等生である山田太郎が野球選手として残したすさまじい成績については語るまでもないが、同じスラッガーとしてどうしても惹かれてしまうのは、チームメイトの岩鬼正美のほうだった。
岩鬼といえば「花は桜木、男は岩鬼」のフレーズでおなじみだが、これは「花は桜木、人は武士」ということわざをもじったもの。美しく咲き、潔く散る武士のような生き様を表した言葉で、華のあるスーパースター岩鬼らしい謳い文句だ。
今回はそんなハチャメチャな男らしい豪快さと、人間的な魅力を兼ね備えた岩鬼正美のことを掘り下げていきたい。
■破天荒の裏側に秘めた意外なまでの情の厚さ
190センチをゆうに超える巨漢で、中学生時代は番長だった岩鬼。柔道部から野球部に転部してからも唯我独尊を地で行く自信家なところは変わりなかった。
荒々しい行動やセリフが目立つ岩鬼だが、実家は建設会社を営む大金持ち(物語の途中で会社は倒産するが)。家族や兄弟と会話するときは、ふだんのしゃべり方と異なり「お父様」「お母様」などと丁寧な言葉遣いになるのも意外な一面だ。
家では成績優秀な兄たちと比較され続け、出来の悪い末っ子というちょっとヒドイ扱いを受けることもあったが、岩鬼はそんなことを気にせず純粋に家族想い。母親が病に倒れたときは兄弟の中で真っ先に駆けつけ、医師に「おふくろを助けてください」「なんぼ金がかかってもかまへん」と懇願したほど情に厚い男である。
また、岩鬼にとって育ての親ともいえる元・家政婦のおつるに対する想いも強い。岩鬼が関西弁で話すのは、おつるの影響。彼女が家政婦をクビになり離れ離れになったあとも、岩鬼は「わいは心配してた」「一日として忘れたことおまへんでしたで」と心の中で語るほど大切な存在なのだ。
おつるが岩鬼の試合を観に来た場面では、彼女に成長した姿を見せようと必死の形相でボールに食らいつき、ヒットを打つシーンが印象的だった。
■夏子はんへの一途な想いを実らせる
恋愛に対しても岩鬼のまっすぐな姿勢は変わらない。中学時代からの同級生・夏川夏子に惚れ、紆余曲折あったもののプロ入りしてからプロポーズして結婚。長年の恋を実らせている。
お世辞にも美人とは言えない夏子だが、岩鬼はつねに最高の女性と絶賛。その夏子は実父の会社を救うためにまったく別の男との政略結婚に応じ、一女をもうけたあとに離婚している。たとえ相手がバツイチで子持ちだろうとまったく気にせず、10数年来の一途な恋を成就させた岩鬼にたまらなく男気を感じてしまう。