1988年3月18日は、ファミコン版『信長の野望 全・国・版』(光栄)の発売日である。このソフトは、いろいろな意味で強力なインパクトをプレイヤーに与えた。立派なプラスチックケースの中に入った、妙に巨大なROMカセット。そして同封の戦国兵法書や戦国地図が、子ども心を大いにくすぐった。今回はこの『信長の野望・全国版』の魅力を振り返ってみたい。
■シリーズで初めて「全国マップ」に対応!
さて、今のティーンエイジャーは『信長の野望・全国版』というタイトルに首を傾げるかもしれない。
『信長の野望』のマップは北は蝦夷、南は薩摩まであるのは当たりまえじゃないか? にもかかわらず、なぜ『全国版』という名がついているのかと。しかし、1988年当時の日本人は大人も子どもも「信長の野望がついに全国マップになった!」と大興奮したのだ。
初代『信長の野望』のマップは、畿内から東海北信越までしか表示されていなかった。もっとも、実際の戦国時代も日本の中心は畿内で、今の岐阜県あたりから東は田舎、東北や九州は番外地という意識だった。それはそれで、史実をなぞっていたということだ。
しかし、この時代の東北や九州でも壮絶な覇権争いが行われていたのも事実。また、毛利と尼子と大内が激しく争っていた中国地方も忘れてはいけない。『信長の野望・全国版』は、シリーズで初めて「全国の大名」を選択することができるようになったタイトルなのだ。
■おらが地域のお館様
『信長の野望・全国版』は蝦夷から薩摩大隅までの「50ヶ国モード」と、初代『信長の野望』とほぼ同じマップ範囲の「17ヶ国モード」が用意されていた。
50ヶ国モードのマップは、全国のプレイヤーたちが待ち望んでいた「おらが地域のお館様」での攻略を実現するもの。たとえば、茨城県民は常陸国の佐竹義重を選び、高知県民は土佐国の長宗我部元親を選ぶということも可能だ。静岡県民である筆者の場合は、遠江駿河国の今川義元を選択して全国統一を目指す……という遊び方が一番盛り上がる。史実では桶狭間で討ち取られてしまった今川の太守様だが、ゲームでは東海地方の盟主どころか日本の支配者になることだって夢じゃなかった!