■「妻の死」と「日の呼吸」の影響
ただし「無限列車編」の中で杏寿郎は、父について「情熱のある人だったのに、ある日突然剣士をやめた」「あんなにも熱心に俺たちを育ててくれていた人がなぜ」と“疑問形”で語っており、父が変わってしまった実際の理由は、息子の杏寿郎にもよく分からなかった様子。母の病死が与えた悲しみは、同じ家族である杏寿郎も同様。それだけに父だけが突然気力を失ったワケは、彼の中でもしっかり解消できなかったのかもしれない。
それに杏寿郎がまったく知らなかった「日の呼吸」のことも影響しているはず。煉獄家が代々受け継いできた「炎の呼吸」より圧倒的に優れた呼吸が存在するという事実。その情報を知って無力感にさいなまれ、さらに最愛の妻を失った喪失感も重なって、心を病んでしまうことは十分に考えられる。過去には「日の呼吸」への劣等感から、鬼になってしまう鬼殺隊メンバーまでいたほどなのだから……。
■槇寿郎の暴言からの推察
「最愛の妻との別れ」「日の呼吸に対する劣等感」。これが元炎柱の気力を奪った大きな要因なのだろう。だからと言って、我が子に対する侮辱の言葉が許されるワケではないが、槇寿郎の言動をひもといていくと、少し違った受け取り方もできるのかもしれない。
たとえば柱になった報告をした杏寿郎に、槇寿郎は「くだらん…どうでもいい」と冷たい態度をとった。煉獄家を訪れた炭治郎にも「たいした才能も無いのに剣士などなるからだ。だから死ぬんだ!!」「くだらない…愚かな息子だ」と告げた。
どれもヒドイ暴言に聞こえるが、根底には「鬼殺隊であることへの否定」が感じられる。それが顕著に思えたのが、先程も紹介したドラマCD「煉獄杏寿郎の使命」の中で杏寿郎に述べた、「鬼殺隊を辞めないなら、次は家の敷居は跨がせんぞ」という槇寿郎のセリフだ。
これは息子に「鬼殺隊を辞めてほしい」と思っているようにしか聞こえない。「日の呼吸」という最強の呼吸に対する強烈な劣等感から剣士としての気力を失い、最愛の妻まで失った槇寿郎が、杏寿郎に鬼殺隊を辞めてほしいと思う理由。それは「これ以上、家族を失いたくない」という感情の裏返しにとれないだろうか……。