『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫)
『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫)

  2006にテレビアニメ化され、2009年には第2期が放送。さらに2010年には劇場用アニメ『涼宮ハルヒの消失』も全国公開され社会現象を巻き起こした『涼宮ハルヒの憂鬱』。広範なSF的な知識や技巧に裏打ちされた本作。ハルヒのどういった面がすごいのか解説!

■CASE.1 少年ドラマシリーズと角川映画のDNA

『涼宮ハルヒの憂鬱』第3話、超能力者の古泉が転校してきたとき、ハルヒは「謎の転校生!」と騒ぎ立てた。また第5話でキョンは未来人の朝比奈のことを「時をかける少女」と呼んだ。『なぞの転校生』は眉村卓の小説、『時をかける少女』は(角川文庫版『ハルヒ』の解説も書いた)筒井康隆の小説。この2作はどちらも、1972年から放送されたNHKの「少年ドラマシリーズ」で映像化され、神秘的なムードで当時の若者たちを魅了した。

 同シリーズでは眉村の『ねらわれた学園』も『未来からの挑戦』としてドラマ化され、「小説からテレビへの展開」「学園物とSFの融合」という意味で『ハルヒ』の先祖と呼ぶべき存在だった。

 80年代に入り、『時をかける少女』と『ねらわれた学園』は角川春樹プロデューサーと大林宣彦監督のコンビがアイドル映画としてバージョンアップした。角川映画では主演アイドルが主題歌を歌い、さらに原作本の表紙を飾ることで映画を盛り上げた。

『ハルヒ』では主演声優が主題歌を歌い、アニメと同じキャラの絵が原作本の表紙を飾った。我が国のジュブナイルSF小説はその時代の各種メディアと絡み合いながら、同時代の若者たちの生活にガッチリと食い込んで、彼らの人生を応援してきた。その精神を、ほぼ唯一受け継いだアニメ作品が『涼宮ハルヒの憂鬱』なのだ。

■CASE.2 ゲームの「差分」を転用した繰り返しの物語

 第2期『涼宮ハルヒの憂鬱』の目玉は、第12~19話にわたって似たような展開のストーリーを8回も繰り返す『エンドレスエイト』だ。夏休みの終わる2週間前、ハルヒはSOS団のメンバーを集め、水泳や盆踊り、昆虫採集など夏休みらしい毎日を送ろうと提案する。

 ところが、キョンは目の前の出来事に既視感をおぼえ、夏休み最後の2週間が1万数千回も繰り返されていることを知る。キョンは無限ループを食い止める方法を探そうと懸命になるが、「ほとんど同じ流れで細部だけが異なる」ストーリーが8週も続いた。

 ほとんど同じだが、少しだけ差異がある――ゲームでは、ちょっとした衣装や台詞の違いを「差分」と呼ぶ。

ときめきメモリアル』のようなシミュレーションゲームでは、ヒロインの様々な衣装、様々な台詞を楽しむため、プレイヤーは同じ日々を何度も何度もループするわけだ。

『エンドレスエイト』は、ゲームでいう「差分」のように、毎回ディテールが異なる。アニメは同じ絵と違う絵を繰り返して使うことで「動き」と「時間」を作り出すので、「ほぼ同じだが、少しずつ異なる」ことはアニメの本質でもある。メディアの形式、様式を逆手にとった表現力が、『涼宮ハルヒの憂鬱』の真骨頂なのだ。

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