■十数年の時を経て届いた想い
ストーリーの根幹にかかわってくる一途な恋といえば、やはり漢羅漢と鳳仙である。2人は猫猫の両親であり、作中屈指の哀しき運命をたどった人物だ。
優秀な軍師である羅漢は、人の顔が認識できないという症状を抱えており、人間関係をうまく築けずにいた。そんなある日、付き合いで高級妓楼・緑青館を訪れた彼は、自身も得意とする囲碁で負け知らずの妓女・鳳仙と対局。大敗した瞬間に彼女の顔を認識できるようになる。
それ以来、羅漢は緑青館に通い詰め、いつしか2人は想い合う関係になる。しかし、折り悪く叔父が失脚してしまい、羅漢は都を追い出されるかたちで遠方へ。半年ほどで戻り、鳳仙を身請けするつもりだったが、気がつくと3年が過ぎていた。
羅漢が帰ると、鳳仙から膨大な手紙が届いており、その中のある手紙には「2本の指」が入っていた。羅漢は、それが妓女の間で流行っているまじない「指切り」であるということに気付く。そして、大小異なる指は鳳仙本人と彼女が産んだ子のものだった。
鳳仙は羅漢の子を身ごもっており、そのために羅漢とは別の人物から出た身請け話も破談となっていた。価値が落ちた鳳仙はそれまで以上に働かされ、病に侵されてしまう。羅漢が予定通り身請けできていれば、こうはならなかっただろう。すべてを知った彼は、雨の中で泣き叫ぶしかなかった。
そして、十数年後。猫猫とのある勝負に負けた羅漢は、彼女にいわれて妓女を身請けすることに。そして向かった緑青館にて、旧知の妓女・梅梅の手引きもあって、死んだと思っていた鳳仙と奇跡の再会を果たすのだった。
彼女の痩せこけた姿を前にした羅漢は、「この女で頼む」「金はいくらでも出そう、10万でも20万でも払ってやる」と告げ、ついに想い続けた女性を身請けする。
その後、羅漢は休暇を取って盛大な宴を開いたと語られている。娘の猫猫はあきれ顔をしていたが、油断ならない切れ者の軍師という印象とはかけ離れた後日談に、鳳仙への想いがにじんでいた。
『薬屋のひとりごと』では、後宮や花街といった閉ざされた環境だからこそ生まれる複雑な人間模様も見どころの1つだ。猫猫と壬氏の関係性の変化とともに、それ以外の人間ドラマにも注目してみると、物語はよりいっそう味わい深いものとなるはずだ。
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