■思いがけない女性人気と感じた「違和感」

――『ぎんざNOW!』の「コメディアン道場」で5週勝ち抜いて、ザ・ハンダース(佐藤金造、アゴ勇、アパッチけん、鈴木末吉、小林まさひろ)を結成します。

清水 ナベプロにスカウトされて、6人組だから1ダースの半分ってことでハンダース。女の子から「アキラー!」なんて黄色い声援を浴びるようになったから、まぁ驚いたね。

――ものまねでメドレーした『想い出の渚』がヒットしました。

清水 「高いのを買ったほうが大切にするから」と事務所に23万円もするフェンダーのギターを買わされてさ。毎週月曜日にスタジオで練習していると、コードが簡単な『想い出の渚』を弾けるようになった。『想い出の渚』のリバイバルが流行っていたから、「じゃあ、ウチらもやろう」と。
 だけど、普通に歌ってもつまらないから、1曲のなかに16人のものまねを入れることにした。『ぎんざNOW!』の出演者たちで作ったアルバムにハンダースの『想い出の渚』が収録されて。アルバム発売後、九州で『想い出の渚』が有線の1位になって。それからは、桜前線のように、九州から関西、関東と人気が上昇していって、北海道まで到達した。お陰で有線大賞新人賞まで獲って。

――ただ、ハンダースの活動に違和感を覚えるようになったとか。

清水 そうだね。違和感というか、息苦しさを感じちゃって。それが体に出るようになったから、ハンダースをやめようか考え始めた。メンバーにそんな気持ちが伝染したらよくないから相談することなく。北海道の公演で決意して、東京に戻ってから「やめます」と事務所に話したんだ。結婚したこともハンダースを脱退した理由だったね。好きな女房と結ばれたのに、好きじゃない仕事を続けていいのかなと思って。

――ピンになって、仕事はきましたか?

清水 それが、なかなか仕事がなかったのよ。仲が良かった清水國明さんが「ミュージカルをやってるから、アキラも参加してよ」と言うから、煌びやかなショーをイメージしていると、実際は「いた、いた、痛い、なにすんのー」なんて歌い出すからガッカリして。ハンダース時代に歌った『電線音頭』と変わんないじゃねぇかって(笑)。

――営業の仕事はあったんじゃないですか?

清水 そうそう。しばらくして、スナックが流行り始めて、3軒回って10万円もらえたから「食っていけるじゃないか」と思って。同じようにスナックを回っていたのがコロッケや栗田貫一なんだよ。

【清水アキラ編第2回につづく】

 

【プロフィール】
大貫真之介(おおぬき・しんのすけ)
ライター、編集者。TV局ADや編集プロダクション勤務を経てフリー。アイドルやお笑い、プロレス、80年代文化など多岐にわたるジャンルで多くの雑誌に寄稿。主な著作に『私がグループアイドルだった時』(双葉社)などがある。

【プロフィール】
清水アキラ(しみず・あきら)
1954年、長野県生まれ。大学2年時にTBS『銀座NOW』への出演をきっかけに芸能界入り。その後、ザ・ハンダースを結成、78年、『想い出の渚』で有線大賞の新人賞を獲得。86年、フジテレビ『ものまね王座決定戦』でチャンピオンとなり、以降、ものまね四天王の一角として活躍。

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