昔から多くのチャンネルで放送されてきた料理番組。個性的な料理番組は多数あるが、中でも視聴者に大きなインパクトを与えたのが、1993年からフジテレビ系列で放送された『料理の鉄人』だろう。
本番組は、挑戦者である一流料理人が「和食」「中華」「フレンチ」における鉄人を1人指名し、毎回異なるテーマ食材を使って制限時間内に料理を完成させるという、斬新な“料理格闘技”番組だった。そこには料理人としての誇りや意地、時には長年の因縁まで持ち込まれ、数々のドラマが生まれてきた。
今回はその中でも特に視聴者にインパクトを与えた「忘れられない名勝負」を振り返りたい。
※本記事には作品の内容を含みます。
■仇討ちから始まった…2度目でつかんだ鉄人からの勝利「道場六三郎VS周富徳」
本作に登場する挑戦者には有名な料理人も多かった。中でも鬼気迫る表情で「和」の鉄人に挑んだのが「炎の料理人」の異名を持つ周富徳(しゅうとみとく)さんである。
実は富徳さんが本番組に挑戦する以前から、その因縁は始まっていた。記念すべき『料理の鉄人』第1回目に挑んだ挑戦者の丸山剛さんは、実は富徳さんの弟子だった。
この時は「鮭対決」で、丸山さんは初代フレンチの鉄人・石鍋裕さんに敗れている。さらに第5回目の放送時には富徳さんの実弟・周富輝さんが初代和の鉄人・道場六三郎さんに「ロブスター対決」で挑むも敗北している。
そして放送第8回目となる1993年12月、ついに兄の富徳さんが“弟の仇討ち”を掲げて道場さんに挑戦状を叩きつけた。
テーマはタラバガニ。しかし、この勝負は鉄人・道場さんに軍配が上がり、富徳さんの雪辱は果たせなかった。それでも富徳さんは諦めず、再び道場さんを指名し、「豚対決」でリベンジマッチに挑戦する。このバトルで富徳さんは、ついに「和」の鉄人を打ち破り、番組史上初めて鉄人に勝利した挑戦者となったのである。
のちに道場さんはこの対決を振り返り、「大根と豚肉を高圧釜で炊いた際に水分が足りず、焦がしてしまったことが原因で負けた」と振り返っている。一方の富徳さんは、「1回目は緊張したが、2回目は店でふだんやっていることをやればいいと悟った」と、勝利の秘訣を明かした。
弟子の敗北から始まった因縁は、富徳の2度にわたる執念の挑戦で、ついにリベンジを果たしたのである。
■俳優界からの参戦!「梅宮辰夫VS道場六三郎」
『料理の鉄人』に挑んだ挑戦者の中には、異色の経歴を持つ者もいた。1994年11月の第55回目には、芸能界屈指の料理好きとして知られる俳優・梅宮辰夫さんがキッチンスタジアムに乗り込んだ。
ちなみに梅宮さんは、第46回目の放送では審査員として出演している。その際は完成した料理を評価する側であったが、今度は自ら包丁を握って鉄人に挑むこととなった。対戦相手に選んだのは「和の鉄人」道場さんである。
テーマ食材として登場したのは「アジ」。梅宮さんにとって料理は単なる趣味の域を超えており、長年、釣りや魚料理にも親しんできただけに、その腕前には大きな注目が集まった。
しかし結果的に勝利したのは、鉄人である道場さんだった。それでも梅宮さんは鉄人を前にして臆することなく料理を仕上げ、真っ向から勝負した。これを機に、梅宮さんは俳優としてだけでなく、料理人としての評価も確固たるものにしたのである。
勝敗以上に強烈だったのは、「俳優が本職の鉄人に本気で挑む」という異色の構図だろう。ちなみに『料理の鉄人』では梅宮さん以外にも、当時お笑い芸人として活躍していた島田紳助さんや、ワインソムリエとして名高い田崎真也さんなど、幅広い分野から挑戦者が登場している。
料理への知識と経験さえあれば、誰でもキッチンスタジアムに立てる。その懐の深さもまた『料理の鉄人』ならではの魅力だった。


