1972年より『週刊少年マガジン』(講談社)で連載された永井豪氏の『デビルマン』は、人間と悪魔の壮絶な戦いを描いた、漫画史に残る不朽の名作である。
本作は、連載とほぼ同時期にテレビアニメも放送されたが、その内容は原作とはまったく異なるものであった。
特に衝撃的なのが、両者の物語の結末の違いだ。さらにアニメ版は、放送地域によって「もうひとつの最終回」が存在するという、極めて珍しい事情もあった。
多くの読者や視聴者に深い爪痕を残した『デビルマン』の最終回について、原作漫画とアニメ版それぞれの違いを振り返っていこう。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます。
■悪魔が人間になるか、人間が悪魔になるか…原作漫画とアニメで異なる作風
アニメ版『デビルマン』は、1972年7月からNET系列(現・テレビ朝日系列)にて放送された。
その物語は、ヒマラヤの氷中で復活した悪魔、デーモン族の英雄・デビルマンが、魔王ゼノンの命令を受けて人間界を滅ぼすため、高校生・不動明の体を乗っ取ることから始まる。
しかしデビルマンは居候先である牧村家の少女・ミキ(漫画では美樹)を愛したことで人間の心に目覚め、彼女を守るためにデーモン族を裏切ることとなる。
毎回、出現する新たな妖獣をデビルマンが撃退するという、いわゆる1話完結型の王道ヒーロー作品として、当時の視聴者を熱狂させた。
一方、同時期に『週刊少年マガジン』で連載されていた原作漫画は、アニメ版とテイストが異なり、ダークな作風だ。
原作における明は、親友・飛鳥了からデーモンの存在と脅威を知らされ、彼らに対抗する力を得るために悪魔の勇者アモンと合体。逆にその肉体を乗っ取ることで、悪魔の力と人間の心を持つ「デビルマン」へと変貌するのである。
つまり、アニメ版が「人間の体を乗っ取ったデーモン」であるのに対し、漫画版は「デーモンの体を乗っ取った人間」であり、見事なまでに正反対の構図となっているのだ。
そのうえで漫画版が描いたテーマは、人間の内にある底知れぬ恐ろしさだった。
デーモンが人間社会に紛れ込んでいるという恐怖から人々は疑心暗鬼に陥り、やがて互いを「悪魔」として告発し、虐殺する暴徒と化していく。
極限状態に追い詰められた人間の弱さ、残虐性、そして心の闇が、容赦ないバイオレンス描写とともに、地獄絵図のように描かれた。
勧善懲悪のストーリーが軸となったアニメ版と、人間の持つ「業」を容赦なく突きつけた原作漫画。同じ作品タイトルでありながら、両者はまったくの別作品といえるほどの隔たりがあったのである。
■救いのない原作、爽快なアニメ…正反対を描いたラスト
アニメ版の最終回は、1973年3月31日に放送された第38話「妖獣ドリムーン 月は地獄だ」である。
月が地球に異常接近したことで引力が増大し、世界各地を猛烈な高潮が襲う。さらに次の満月の夜には、人類が残らず宇宙へと吸い上げられてしまうという絶体絶命の危機が訪れていた。
この天変地異が妖獣ドリムーンの仕業だと見抜いた明は、敵が月にいることを突き止め、地球には戻れない可能性を覚悟の上で宇宙に飛び立った。
ドリムーンは胸にブラックホールを持ち、あらゆる攻撃を吸収してしまう強敵で、デビルマンの必殺技もまるで通用しない。しかし、敵の背後に回り込んだことで形勢は逆転。慌てたドリムーンは自らのブラックホールに飲み込まれて消滅し、地球は間一髪のところで救われたのである。
最愛のミキと世界を守り、地球へと帰還する。まさに王道のヒーロー作品らしい、爽快な幕引きだった。
一方、原作漫画の結末は、これとは比べ物にならないほど凄惨なものだった。
明の正体がデビルマンであることが世間に知れ渡ったことで、彼を匿っていた牧村家の人々は、人間たちによる「悪魔狩り」の標的にされてしまう。
牧村夫妻は悪魔特捜隊の拷問によって命を落とし、最愛の美樹もまた、暴徒と化した町の住民たちによって惨殺されてしまう。しかも彼女の亡骸は切り刻まれ、その生首は槍に突き立てられた状態でさらされていた。その暴挙のすべてが、明が命をかけて守り続けてきた人間たちの手で行なわれたのだ。
すべてを失った明は人間を守ることをやめ、デビルマン軍団を組織。かつての親友で、サタンとなった了との最終決戦に臨む。
この壮絶な戦いの末、人類は滅亡する。地面に横たわる明の傍らで、サタンは自らの過ちを語り始める。だが、下半身を失った明はすでに息を引き取った後だった。
ヒーローが世界を救って大団円を迎えたアニメ版に対し、主人公が何もかも奪われ、報われぬまま果てた漫画版。同じタイトルを冠しながら、両者の結末はあまりにも対照的だったのである。


