美内すずえ氏による不朽の名作『ガラスの仮面』(白泉社)は、主人公・北島マヤが見せる天才的な演技が最大の見どころだ。
しかし、フィクションの世界でも、類まれなる才能への嫉妬はついて回るもの。マヤのずば抜けた才能を面白く思わない者が、彼女を陥れようと仕掛ける陰湿な嫌がらせは作中の定番であり、中には「いくらなんでもやりすぎ!」とツッコミたくなる極悪なものも少なくない。
だが、マヤはそうした悪意すらも自らの演技の力で乗り越えていく。卑劣な策略を、自身の情熱と才能でガラスのように打ち砕く逆転劇は、本作を読んでいてとくにスカッとするポイントといえるだろう。
そこで今回は、『ガラスの仮面』で描かれた極悪すぎる嫌がらせと、それをマヤが打ち破った「伝説の逆転劇」を厳選して紹介しよう。
※本記事には作品の内容を含みます。
■台本すり替え事件を亜弓とのアドリブ合戦で切り抜けた『夢宴桜』
演劇において台本はなくてはならないものだが、もしその台本がまったくの別物にすり替えられてしまったらどうなるだろうか。普通なら芝居は成立しないだろうが、そんな絶体絶命の危機を乗り越えてみせたのが、コミックス第9巻に収録されている『夢宴桜』のエピソードだ。
ある男爵一族の盛衰を描いた舞台『夢宴桜』の千絵役に、代役として抜擢されたマヤ。宿命のライバル・姫川亜弓との初共演ということもあり、彼女はいつも以上の集中力で台本を読みこんでいく。しかし、いきなり現れたマヤを快く思わない劇団員の嫉妬から、台本を古いものにすり替えられてしまうのだ。
「自分が千絵という役を演じる」ということ以外は何も分からないまま、それでも役者として舞台に上がるマヤ。その心意気を汲んだ亜弓も協力し、2人はアドリブでこの場を乗り切ろうとする。
「海堂寺千絵として感じたまま 思ったままを口にしてちょうだい」と、マヤを自然に物語の本筋へと誘導する亜弓と、彼女の呼吸に合わせて千絵を演じるマヤ。ひと呼吸でもズレたらすぐに崩れてしまう、まさに薄氷の上を歩くような真剣勝負だった。
それでもマヤと亜弓は完璧なアドリブをやり遂げ、台本のすり替えという卑劣な嫌がらせに圧倒的な才能で勝利してみせた。さすがは『紅天女』の候補に選ばれた天才たちといえるだろう。
■飲酒騒動で芸能界追放…一人芝居から奇跡のカムバックを果たす
コミックス第16巻で描かれた、舞台のドタキャンと飲酒騒動から始まるマヤの転落劇は、読者にとっても苦い思い出だろう。だからこそ、どん底からのし上がった彼女の逆転劇は、より一層忘れがたい。
舞台『奇跡の人』の大成功をきっかけに、大河ドラマへの出演も決まり、スターへの階段を駆け上がっていたマヤ。だが、母親の死によって自分を見失ったマヤは、偶然出会った不良たちにだまされるままアルコールや睡眠薬を飲まされ、結果として舞台『シャングリラ』初日の出演をドタキャンするという大失態を犯してしまう。
この一件で「無責任な不良少女」のレッテルを貼られたマヤは大河ドラマからも降ろされ、トラウマから演技ができなくなるほどのどん底に叩き落された。
だが、これらの不幸は単なる偶然ではなかった。それは、マヤのスターの座を横取りしようと企んだ女優・乙部のりえの策略だったのである。まんまとハメられたマヤは、一時は演劇をやめようとするが、ある出来事をきっかけに一念発起し、ゼロからの再出発を決意する。
マヤが再起の舞台として選んだのは、学校の体育倉庫を借りて演じる一人芝居『女海賊ビアンカ』と『通り雨』だった。
演技も演出もすべて1人でこなすという新境地に果敢に挑んだマヤは、スキャンダルを跳ねのける圧巻の名演で、観客となった生徒や教師を魅了した。この一人芝居の成功を機に、マヤは再び表舞台へと返り咲くことになる。
これは余談だが、マヤを陥れた乙部のりえは、のちに舞台『カーミラの肖像』で共演した亜弓に完膚なきまでに叩きのめされ、以降は登場していない。卑怯な策略も、本物の才能の前には敵わないのである。


