■Jリーグで日本を支えた仲間たち「3M」が歩んだもう一つの道
大空翼のライバルたちは、全員が世界へ飛び出したわけではない。海外へ挑戦した選手がいる一方、国内のJリーグでプレーし、日本サッカーを支える道を選んだ者もいる。その代表格が「3M」と呼ばれた三杉淳、松山光、岬太郎の3選手である。
三杉は心臓病という大きなハンデを克服し、FC東京でプレー。松山は故郷・北海道を本拠地とするコンサドーレ札幌でチームをけん引。海外への憧れを抱きつつも、翼が不在の際は日本代表のキャプテンを託されるなど、チームを支える存在となった。
そして、国内組の中でも特に波乱万丈のキャリアを歩んでいるのが岬だ。フランスの名門、パリ・サンジェルマンにスカウトされ、本来なら海外へ挑戦するはずだった。しかし、その矢先に交通事故によって大ケガを負い、移籍話は白紙となってしまう。
それでも岬は諦めず、長期間にわたるリハビリを乗り越えて奇跡の復活を遂げた。そして、南葛高校時代の仲間である石崎了や浦辺反次が所属するジュビロ磐田へと加入し、一度は失いかけたサッカー人生を取り戻したのである。
一直線に世界最高峰の舞台に駆け上がった翼とは対照的に、岬は幾多もの壁を乗り越えながら成長してきた。その不屈の歩みこそが、もう一人の天才MF・岬太郎が放つ、唯一無二の魅力といえるだろう。
今回紹介した以外にも、早田誠(ガンバ大阪)や次藤洋(アビスパ福岡)、立花兄弟(ジェフユナイテッド市原・千葉)、若島津健(名古屋グランパスエイト)など、多くのライバルたちがJリーグの各クラブに所属し、日本サッカー界を盛り上げている。
世界に挑戦した者、国内でJリーグを支えた者、そして予期せぬ挫折を乗り越えた者もいる。かつて同じ舞台で激闘を繰り広げたライバルたちは、それぞれ異なる道を歩みながらも成長を続けてきた。
そして彼らが日本代表として再び集結し、世界の頂点という同じ夢へ向かって戦う姿こそ、『キャプテン翼』が長年にわたって描き続けてきた最大の魅力なのだ。
高橋氏の引退と「オリンピック編」の区切りにより、『キャプテン翼』シリーズは大きな節目を迎えた。しかし、翼たちの挑戦はまだ終わっていない。世界一のサッカー選手を目指し続ける彼らの物語が再び動き出す日を、一ファンとして心から待ち続けたい。


