■70年代のギャグ漫画家は「ディスクジョッキー」だった
編集部・栗田 樋口さんの新刊からは「こういうカルチャーを後世に伝えるんだ」という強い意志を感じました。そんな中で、今はその達郎さんの話のように色々なものが叩かれる潔癖な世の中になってきていますが、それは「引用の歴史」であるポップカルチャーにどんな影響を与えると思いますか。
樋口 世の中が変わっても、SNSでは昔と変わらず、漫画なり音楽なりのミームが出てきてますよね。そうやって十代の子たちが元ネタはわからないまま知らず知らず刷り込まれて、歴史の飛び石がつながっているんだと思います。僕も大学生の頃にフリッパーズの『ヘッド博士の世界塔』を聞いて、元ネタを知らずに楽しんで、後でディグして「これだったのか!」って深みにはまった人間ですから。江口先生の漫画も同じです。そうやって届く人には必ず届くし、その人がまた伝えていく。ゼロから生み出されるカルチャーは絶対にないんです。
ライター・古澤 江口さんにも聞きたいのですが、樋口さんのようにご自身の漫画に書かれたネタやカルチャーを掘ってくれて、それにハマってくれる読者が出てくることは嬉しいことですか?
江口 嬉しいというか、「読者は当然そういうことをするだろう」と思って描いてるんですよ。自分もそういう読者だったから。「今は分かんなくてもいい」と思って描いてたから。
樋口 だから本当に背伸びできたんですよ。『パイレーツ』にはDEVOやYMOも出てきたし、漫画で最初にニューウェーブやテクノを仕込んでくれた作品でした。
江口 DEVOも描いた時はまだ音は聞いてなかったんですよ。『FMレコパル』の小さなモノクロ写真と一緒に「これからはギターじゃなくシンセサイザーだ」って紹介されてる記事を見て、「すげえこいつら変で面白い!」と思って次の週にすぐ描きました。後でデビューアルバムを聞いたら、やっぱり変でカッコよかったですよ。
樋口 当時は雑誌が一つ一つの世界観を作っていた時代でしたから。『ロッキング・オン』なんかはその典型で、音よりも先に文字と写真の情報があって、後から聞いたバンドのほうが多かったです。
江口 サザンオールスターズのデビューシングルも、深夜に人のいない集英社で『プレイボーイ』の会議室に置いてあった見本盤を聴いてびっくりして。まだテレビにも出てないのに次の日に描きました。
ただ、漫画の中でいちいち「どんな曲か」とかは説明しなかったです。説明しなかったのは「読む人にはわかんなくてもいい」「そのうちわかる」というか、とにかく自分の感覚に引っかかったものを描こうとしていたから。たぶん当時のギャグ漫画家って、ある種ディスクジョッキーみたいな存在だったと思うんですよね。読者とあまり年も変わらなかったので、「周囲で見聞きした面白いものを下の子たちに伝える、ふざけたお兄ちゃん」みたいな感じだったというか。
樋口 そうでしたね。あと、そうやって「書かれているものが何だか分からない謎のモヤモヤ期」があるのって、良いことだと思うんですよ。モヤモヤがあってから謎が解けることに快感もありますから。
■受け取る力と、「今」を生きること
カメラマン・イシワタ 僕、初めて「ナボナ」(王貞治がCMに出ていた洋菓子)を知ったのって『パイレーツ』なんですよ。秋田の田舎出身なんですけど、「ナボナって何なんだろう?」とずっと思ってて。
江口 それでいうと、吉野家の牛丼も当時の関西の人は知らなかったらしいです。ゆでちゃん(ゆでたまご)が初期の『キン肉マン』でしきりに牛丼を出してたのは『パイレーツ』で見たからで、本人たちは東京に来てから知ったらしいです。
樋口 『キン肉マン』にもそんな影響があったとは! そして先生自身も過去のレジェンドや偉人から影響を受けたものが漫画になっているんですよね。1枚の絵にも必ず何かの影響があるし、ゼロから生み出したわけじゃないんですよ。
江口 受け取る力というか、前のものから「ここが面白い」って影響を受ける受容度が高いんじゃないですかね。僕もそうだと思うし、樋口さんもそうだと思うけど。
樋口 僕はね、自分がないから影響を受けやすいんですよ。
江口 僕もオリジナルはゼロというか、自分のフィルターを通したものがオリジナルになるんだと思うけど、ゼロから発想はできないです。そこらへんが僕と樋口さんは似ているような気がするんですよね。フリッパーズの2人も受け手としての力がすごく強いと感じるし、そういう人の作品がまた好きなんですよ。樋口さんもそうでしょ?
樋口 そうですね。情報量から、その熱をもろに浴びちゃうんですよね。
江口 そういう人間だから、過去の歴史の集積が見えない作品って面白く感じないんですよ。妄想だけで作ってる感じの。
樋口 のっぺりだらりんなんですよね。
江口 それと、山田太一が以前にエッセイで、街で知らない人の何気ない会話を聞いてて「グッとくる」みたいな感覚のことを書いていて。自分の想像からは決して出てこない街の中のナマの言葉みたいな台詞を書きたくてドラマを書いている、みたいなことを言っていて。それは僕も同じことを感じます。ストリート感、というか生の生活感みたいなものがある作品に惹かれますね。
樋口 こうやって話していても思いますけど、僕と江口先生は「すごく似ているな」と思う部分があるんです。自分から言うのも申し訳ないんですが。解説を書かせてもらった『江口寿史の正直日記』(河出書房新社)を読んでも、「何を良いと思って何を良くないと思うか」の価値観がすごく似ているなと。
それと、僕も江口先生も「今を生きてる」という部分はやっぱり同じだと話していて感じました。今日はほんとうに、色々な話を伺えてよかったです!
……と吉祥寺での取材が終了したあと、2人は「ゲリラでサイン会をやりましょう!」と吉祥寺サンロードの『ブックス ルーエ』へ。突然の訪問にもかかわらずお店は歓迎してくれて、応接室で2人はサイン。「江口さんには以前から良くしてもらっていますし、サイン本は置くとすぐに売れていくんですよ」という書店員さんの言葉からは、江口さんが膨大なイラストを描きながらこの街で暮らし、今も変わらず「この街の作家」として愛され続けていることが伺えたのだった。

【書籍情報】
樋口毅宏『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ――100年後、カルチャーの参考資料になる本』
出版社:POST
発売日:2026/5/28
値段:2200円(税込)
ブルーハーツ、山下達郎、長渕剛、エレファントカシマシから、北野武、とんねるず、松本人志、村上春樹まで、日本のカルチャーを「サブカルの語り部」樋口毅宏が忖度ぬきで書き尽くした一冊。小山田圭吾や小西康陽との対談も収録。表紙は江口寿史の描き下ろし。
「極私的No.1ギャグ漫画『すすめ!!パイレーツ』とは何だったのか」と題した江口寿史論、装画獲得の顛末を綴った「実録・私はこうやって江口寿史から原稿を取りました」、対談中にも登場した「幸福な嘘八百 プロレススーパースター列伝」といったコラムも収録されている。
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