■ポップカルチャーを含め、芸術は「引用の歴史」である。
樋口 美人画の竹久夢二も、モデルに手を出したりして、SNSがない時代でも叩かれ、晩年は見舞う人もなく亡くなりましたよね。でも100年経った今、『牧場の少女』は700万円の値が付いているのを先日見たんですよ。生前は叩かれたけど、寺山修司の言う「百年たったら帰っておいで」で、値は崩れず美人画の巨匠なんです。
僕は、今後もまた新しい世代が「新しい美人画」を提唱すると思っていますし、その人は、江口先生の影響を何かしらの形で受けているはずです。だって芸術は引用の歴史なんですから、ゼロから作るなんてありえない。巨大な存在ほど、そのまま受け継ぐか、否定してかかるか、どっちかなんですよ。建築も絵画も詩も音楽も、ポップミュージックも、漫画もそうです。
そして僕は江口先生の漫画で引用されたものに、本当に強い影響を受けてきたんです。『昭和40年男』の編集長の竹部さんが「ビートルズのことを考えない日はなかった」って言うじゃないですか。僕は『パイレーツ』のことを考えない日がなかったんですよ。
『ROCKIN'ON JAPAN』に載っていた『THIS IS ROCK!!』ってエッセイ漫画で、江口先生本人が出てきて『人間臨終図巻』を読んで「うわ〜武者小路実篤すげえ〜」と言っているコマを見て、図書館で山田風太郎の『人間臨終図巻』を読んだこともありました。高校生の頃です。その時は全く歯が立ちませんでしたけど、社会人になってから普及版が全3巻で出て、付箋と線だらけの本になりました。あれが作家になるための元ネタ。作家としての知識の部分でも、僕は江口先生に洗脳されたんですよ!
江口 僕も前の世代に洗脳されてこうなったんですよね。筒井康隆、山上たつひこ、湯村輝彦、つげ義春……。
樋口 他にも、ちばてつや先生やら……。
江口 赤塚先生やらね。
樋口 引用と影響の歴史ですよね。絶対にゼロなんてありえない。あと小林信彦もそうですよね。
江口 そうですね。出てくるたびに指を詰められているブルドッグ(小林信彦『唐獅子株式会社』に登場)を見て、何度死んでも生き返るキャラクターを描いたりね。
樋口 あとは何と言っても水島新司先生の影響ですよね。
江口 僕は『野球狂の詩』の東京メッツに対抗する意識で千葉パイレーツ(『すすめ!!パイレーツ』に出てくる架空の球団)を描いてましたから。この本(樋口さんの新刊)でも水島新司からの影響は指摘してくれましたよね。水島先生の全ての作品を読んでいたわけではないですけど、『パイレーツ』の作りは完全に東京メッツですから。
樋口 僕が水島新司先生で一番好きなのは『野球狂の詩』なんですよ。
江口 あれで偉いのは、ビジターとホームでユニフォームがちゃんと違うところなんです。そんなところまで描く漫画家いなかったし、国分寺球場があって……とかも含めて、圧倒的なリアリティがあったんですよ。
樋口 まだ漫画の頃は「千葉に野球チームなんてできるわけねえだろ」と思ってましたけど、その後にロッテが川崎から千葉にやってきて。「ロッテはパイレーツなんだ!江口先生は預言者だ!」と思いましたよ。
江口 中3で熊本から流山に引っ越してきて、流山のあまりの田舎ぶりにびっくりしたんです。東京の近くに来られて嬉しかったんですけど、「熊本より田舎じゃんか!」と。千葉時代は東京への憧れと憎しみがありましたね。
樋口 少年漫画の歴史で、畑と肥溜めと牛がこれほど描かれた作品はないですよ!
江口 その田舎臭さが面白くて、「ここに球場があったら面白いんじゃないか」と思ったんですよね。今の流山は人口も増えて、子育てに向いた大人気の都市になりましたけどね。あれだけ公然と千葉をバカにしたのも早かったと思います。
樋口 そう。『翔んで埼玉』よりも早かった。
江口 ビートたけしの田舎もんいじりよりもね(笑)。
樋口 そういう悪ふざけが僕の情操教育になってたんです。僕の小説の悪ふざけのノリって、明らかに『パイレーツ』なんですよ。怒る人は怒るけど、「いやいや、やらせてくれ」っていう。山下達郎の言う「シャレです、シャレ」なんですけど、今はそのシャレが許されない不寛容の時代なんで。
■山下達郎を「もう聞かない」という人は、もともと聞いてない?
江口 この本では山下達郎に関する記事もありましたけど、あれはアンチからの攻撃は受けなかったんですか?
※樋口さんの新刊には、ジャニーズ事務所の性加害問題に関わる山下達郎の言動と、その世間からの反応について書かれた『「山下達郎なんかもう聴かない!」とほざくバカどもへ』というコラムが収録されている。
樋口 最初に雑誌に載ったときはすごいメッセージがきましたよ。今もたまに来ます。でも僕に文句を言ってくる人って、「世間が達郎を悪いって言うから、俺も悪いと思う」という人たちばかりなんで、それ以上のことを何も言えないんですよ。
江口 そのときの山下達郎の「そういう方々には、私の音楽は不要でしょう」って言葉にも、そういう人たちは怒ってますよね。
樋口 江口先生に対しても達郎に対しても、「捨てる」「読まない」「聞かない」って言う人って、もともと聞いても読んでもいないんですよ。


