■「自分の絵ごと、このジャンルはそろそろ終わりかな」

樋口 あと江口先生はこの騒動の以前から、「自分は男もいっぱい描いてきたのに、SNSでは『おじさんが女性ばかり描いていて気持ち悪い』みたいに言われることが増えてきた。いずれこういう絵を描けなくなるんじゃないか」という話をされていましたよね。その予言が、まさに的中しようとしている時代なんだなと感じました。

江口 2015年以降、僕のイラストに影響を受けた若い人たちが、似たような絵を描き始めて、それがひとつのジャンルとして流行ったわけですよ。例えば「女の子がヘッドホンして横顔で背景なしで、単色で成り立ってる」ような絵ですね。僕は今、自分の絵も含めて、そういうジャンルはそろそろ終焉を迎えるんじゃないかなと思っていて。自分としてはもう、そういう絵はいいかな、となってますね。

樋口 それは今回の件で?

江口 うん。ただ、急にそう思ったわけでもなくて。僕はマンガを描いている頃からイラストの仕事も長くやってきましたけど、そのイラストは2015年頃までは、全くマスに届いていませんでした。つまり、世間に知られていなかったんです。漫画を描かなくなった時点で「元漫画家」という扱いになって、世の中では終わった人間だったんですよね。

 それが、描き溜めてきたイラストを2015年に『KING OF POP 江口寿史 全イラストレーション集』(玄光社)という本にまとめたら、みんな驚いたんですよね。「この人はこんなに仕事してたのか!」って。
 そこに80年代回帰のブームとかシティポップの再評価の波も重なって起きて、僕はその流れにうまく乗ったんです。だから2015年からの10年間は本当にたくさんのイラスト仕事のオファーが来たし、何を描いても喜んでもらえて、何を出してもすぐ売れるようなちょっとした江口バブルだったんです。
 でもどんなバブルでもいつか弾けるものだとはずっと思っていましたし、Instagramでイラストを描いている人を見ても、僕みたいなイラストが溢れてて、辟易してたところもありました。というのも、僕がオファーを受けた仕事を断った後に、僕に似たテイストのイラストを描く人が担当していることが結構あって。「ならおれがやる必要ないじゃん」と感じる場面はじわじわ増えてたんですよ。

樋口 「あれ、この人のイラスト、江口先生に似てるな」って思うもの、たしかによく見かけますよね。でも、心に残らないんだよなぁ。

江口 まあ、だから、そこからはもうおれは降りますよと。自分の絵の描き方はそう簡単に変えようがないけど、絵の方向性は今後変わるかもしれないですね。

■この本のイラストは江口寿史の“新しい絵”の最初の試作

江口 僕は今回、樋口さんからオファーしてもらったのは大変嬉しかった。だから今回の書籍の絵では、今までみたいな描き方はしなかった。前にイラストを描いた樋口さんの『無法の世界 Dear Mom, Fuck You』(KADOKAWA)がすごく熱の入った絵だったんで、対比で静的なものにしたかったというのもありますけど、「背景なしで女の子がただ立ってるだけの絵」にはしなかったんですよね。だから、これが新しい方向の最初の試作というか。

樋口 ありがとうございます。ただ、江口先生がこれまで描いてきた絵は「美人画」の一種ともいえるもので、それこそ日本では江戸時代に歌麿、大正時代は竹久夢二、戦後は東郷青児などを含めて確固として存在し続けてきたジャンルですよね。このジャンルがなくなることはないと思います。

江口 まあ、昔よりも色々描きにくくはなってくると思うけど、なくしたくはないですね。

樋口 先生、思い切って言いますけど、今のこの状況はね、「江口寿史は漫画家に戻れ」っていう天からの思し召しだと思うんですよ。

【書籍情報】
樋口毅宏『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ――100年後、カルチャーの参考資料になる本』
出版社:POST
発売日:2026/5/28
値段:2200円(税込)
ブルーハーツ、山下達郎、長渕剛、エレファントカシマシから、北野武、とんねるず、松本人志、村上春樹まで、日本のカルチャーを「サブカルの語り部」樋口毅宏が忖度ぬきで書き尽くした一冊。小山田圭吾や小西康陽との対談も収録。表紙は江口寿史の描き下ろし。
「極私的No.1ギャグ漫画『すすめ!!パイレーツ』とは何だったのか」と題した江口寿史論、装画獲得の顛末を綴った「実録・私はこうやって江口寿史から原稿を取りました」、対談中にも登場した「幸福な嘘八百 プロレススーパースター列伝」といったコラムも収録されている。
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