田中芳樹氏による人気小説『銀河英雄伝説』は未来の銀河系を舞台に、銀河帝国と自由惑星同盟という2つの国家間の争乱を描いた壮大なスペースオペラである。
この作品では、広大な宇宙空間で行なわれる大艦隊戦において、稀代な名将たちが華麗な戦術を駆使し、勝利をつかむ描写も大きな見どころの1つだ。筆者のように迫力あふれる艦隊戦に魅せられ、作品のファンになった人も多いのではないだろうか。
だが、『銀英伝』の見せ場は戦闘シーンばかりではない。作品に登場する名将たちは、戦いに勝利するためにさまざまな策略を講じ、いかに相手を出し抜くかという頭脳戦も魅力といえる。
そこで今回は『銀英伝』の中で描かれた、知将たちが仕掛けた恐るべき「罠」に焦点を当てていきたい。
※本記事には作品の内容を含みます。
■さまざまな思惑が隠された「意図的な解放」
『銀英伝』の登場キャラクターの中でも、有数の“策士”として知られているのが銀河帝国軍のパウル・フォン・オーベルシュタインである。
ラインハルトの参謀である彼は、目的遂行のためには冷酷な判断も辞さないという姿勢を貫き、まさにマキャベリズムを体現した人物といっていいだろう。
その冷徹無比な性格から同じ帝国軍内にも毛嫌いする提督も多いが、彼の謀略が作中の歴史を大きく動かしてきたことはたしかである。
そんなオーベルシュタインは、リップシュタット戦役において恐るべき策略を仕掛けている。このリップシュタット戦役とは、これまで銀河帝国を支配してきた門閥貴族がラインハルトとブラウンシュヴァイク公爵の陣営に分かれて争った、国を二分する内戦である。
ブラウンシュヴァイク陣営の将校の1人であり、要塞防衛に務めるオフレッサー上級大将は、巨大な体躯と人間離れした白兵戦能力によって、ラインハルト陣営を大いに苦しめた。
多数の犠牲者を出しながら、どうにかオフレッサーを捕縛することに成功したが、なんとオーベルシュタインは彼を無傷で解放したのである。
こうしてオフレッサーは、ブラウンシュヴァイク公のいる本拠地・ガイエスブルク要塞へと帰還。だが無事に戻ってきたのはオフレッサーだけで、彼の部下はことごとく処刑されており、ブラウンシュヴァイク公から疑いの目を向けられる。
オフレッサーは必死に弁明するが、思わず手を出してしまい、ブラウンシュヴァイク公に処刑を命じられた。こうしてオフレッサーはラインハルト陣営にハメられたことを悟り、最後はブラウンシュヴァイク公の腹心であるアンスバッハによって銃殺されたのである。
真っ先に処刑されそうな反ラインハルトの急先鋒であるオフレッサーをあえて解放することで、敵陣営に不信感と疑念を植えつけ、結果的に内部から瓦解させることに成功した、オーベルシュタインの恐るべき策であった。


