■土壇場の奇策も難なく見破られてしまったケンプ提督
続いて「ヤンにしてやられた提督」として挙げたいのが、カール・グスタフ・ケンプである。彼が総司令官となった第8次イゼルローン要塞攻防戦は、帝国軍にとっても歴史的な大規模作戦となった。
その内容は、イゼルローン要塞と同規模のガイエスブルク要塞を近くまでワープさせ、同等の要塞をもってイゼルローン攻略の橋頭堡とするという前代未聞の大胆な作戦である。
この戦いが始まった時、イゼルローンの要塞司令官であるヤンは、首都星ハイネセンに召喚されており不在だった。だが、その事実を知らない帝国軍は、ヤンの奇策を必要以上に警戒していた。
そのため、ケンプは正面から要塞を攻め落とす正攻法で挑んだ結果、長期戦になってしまう。もともとヤン不在のイゼルローン側は防御を主体としており、ヤンが帰還するまで耐えることができたのである。
ヤンは「自分なら要塞に要塞をぶつけて破壊してしまう。その後で別の要塞を運んでくればいい」という作戦を口にしており、もしも帝国側がその手をとっていたら対処法がなかったとも語っていた。
そしてヤンが帰還したことで状況が一変したところで、ようやくケンプは「要塞に要塞をぶつける」という最終手段に気づき、突撃をかける。
だが、ヤンは冷静にガイエスブルグ要塞の一部の航行エンジンを集中攻撃し、破壊。これで推力のバランスが崩れたガイエスブルク要塞から距離が離れたことにより、イゼルローン要塞は主砲トールハンマーを放って、敵要塞を破壊することに成功したのである。
ヤンは、帝国陣営がとりうる可能な限りの策を想定し、その対処法をあらかじめ考えていたことが勝利につながったといえるだろう。また、ヤンが帝国軍に対して弄してきた奇策を必要以上に警戒し、後手に回ってしまったこともケンプの敗因といえるかもしれない。
■まさかの「艦隊戦のダブルヘッダー」に敗れたシュタインメッツ提督とレンネンカンプ提督
最後はバーミリオン会戦の前哨戦にあたる、ライガール・トリプラ星系での戦いについて触れておきたい。この戦いに関与したのが、帝国軍の用兵巧者で知られるカール・ロベルト・シュタインメッツとヘルムート・レンネンカンプの両提督である。
まずシュタインメッツがヤン艦隊と対峙した際、ヤン艦隊はブラックホールを背にするように陣取っていた。シュタインメッツにはヤンの真意が分からなかったが、背後に回られないための位置取りだとにらみ、徐々に後退するヤン艦隊を半包囲して攻撃することを選択した。
だが、それこそがヤンの策だった。突如ヤン艦隊を半包囲するために薄くなったシュタインメッツ艦隊の中央部を突破し、逆にヤン艦隊のほうがシュタインメッツ艦隊を半包囲することに成功したのである。
そのままヤンは、シュタインメッツ艦隊に集中砲火を加えて押し込み、ブラックホールに追いやろうとする。その時、ヤン艦隊の背後にレンネンカンプ艦隊が現れたが、ギリギリまでシュタインメッツ艦隊に対する攻撃を行い、約8割の戦力を喪失させた。
わずかな時間でシュタインメッツ艦隊を撃滅したヤン艦隊は逃げるだけの時間的余裕があったが、ヤンはレンネンカンプ艦隊との連戦を選択する。
すでに一戦を終えたばかりの上、戦力的にも不利な状況だったヤンは、あえてゆっくりと整然とした動きで後退を始めるのである。このヤン艦隊の動きを見たレンネンカンプは、罠の存在を警戒して追撃を中止、後退を指示した。かつてヤンと対峙し、彼の奇策にハマった経験のあるレンネンカンプは、ヤン艦隊のあまりにも不自然な動きに警戒せざるを得なかったのである。
するとヤンは反転攻勢に出て、レンネンカンプ艦隊に打撃を与える。後退中に予想外の攻撃を受けたレンネンカンプ艦隊は混乱に陥り、被害は拡大していく。その状況を収拾しているうちに、ヤン艦隊は宙域を悠々と離脱したのだった。
ヤンは帝国が誇る2人の名将を相手に“ダブルヘッダー”を行い、見事どちらにも勝利した。そこには緻密に練られた巧妙な策だけでなく、相手の心理まで読んで利用するあたりも、ヤンが「魔術師」と称される理由なのだろう。
劇中において、ヤンの「魔術」にしてやられた帝国軍の提督たちは数多い。それはラインハルト・フォン・ローエングラムですら例外ではなく、たとえばバーミリオン星域会戦では旗艦ブリュンヒルトを沈められる目前までいった。
戦術面においてヤンは不敗の存在だったが、それが必ずしも自由惑星同盟の勝利につながらないあたりも『銀河英雄伝説』という物語の面白いところだ。
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