鯉登音之進に月島基、江渡貝弥作も彼の虜に…『ゴールデンカムイ』奇人・鶴見中尉の「底知れぬ人心掌握術」を紐解くの画像
Blu-ray&DVD『ゴールデンカムイ』第二巻<初回限定版>(Happinet)©野田サトル/集英社・ゴールデンカムイ製作委員会

 野田サトル氏による漫画『ゴールデンカムイ』において、第七師団を率いる鶴見篤四郎中尉は他に類を見ない圧倒的な存在感を放つ存在だ。額当てから漏れ出す体液、芝居がかった大仰な言動など、その姿は一見すると単に常軌を逸した奇人のように映る。

 しかし、その真髄は部下を心酔させる恐るべきカリスマ性にある。彼のためならばと、精鋭たちが命をかけて従う理由は、単純な恐怖政治ではない。「部下と愛を育むこと」——鶴見はその言葉を不気味なほど誠実に実行し、部下一人ひとりの心の隙間をピンポイントで埋めていくのだ。そうして作り上げられたのが、汚れ仕事も厭わない“最強の軍団”である。

 今回は、鶴見に心酔した主要な部下たちとの関係性を紐解きながら、その底知れぬ人心掌握術の正体に迫ってみたい。

 

※本記事には作品の内容を含みます。

 

■鯉登音之進には、劇的な演出で「英雄」を演じる

 鶴見に心酔している部下の筆頭に挙げられるのが鯉登音之進少尉だろう。

 浅黒い肌に端正な顔立ちから“薩摩の貴公子”と称される鯉登は、常に鶴見の写真を懐に忍ばせるほど深く心酔している。彼にとって鶴見は単なる上官ではなく、人生を大きく変えてくれた「英雄」なのだ。

 では、なぜ彼はそこまで鶴見に傾倒したのか。その原点は、彼の過去に遡る。

 海軍少将を父に持ち裕福な家庭に育った鯉登は、以前は素行の悪い「ボンボン」であった。彼は14歳の時に鶴見と遭遇するのだが、そのとき彼はドラ息子であった鯉登に対し、初めて正面から叱責し、ビンタを食らわせた。

 さらにその2年後、16歳の鯉登は函館でロシアの工作員を装った集団に誘拐されてしまう。命の危機に直面した彼を救いだしたのもまた鶴見であった。

 圧倒的な戦闘力と凄絶な執念で犯人を制圧する姿は、父に認められたいと願いながらも満たされなかった少年の心に、まさしく「英雄」として深く刻み込まれたのである。

 この事件を機に鶴見を追って陸軍に入った鯉登だったが、後にこの誘拐事件そのものが、父と自分を取り込むために鶴見が仕組んだ「自作自演」であったことに気づいてしまう。

 しかし、その事実を知ってもなお、鯉登は鶴見から離れなかった。たとえ始まりが偽りであっても、その“ウソ”の物語がなければ自分は腐っていたはず……。進むべき道を示してくれたことも事実であったからだ。

 揺らいだ忠誠心の先で、彼は自らの意志で“鶴見の野望の行く末”を見届ける道を選ぶのである。

■月島基には、偽りの物語で「導き手」となる

 鶴見の最側近であり、鯉登の誘拐にも加担した月島基軍曹も、彼によって“地獄”から引き揚げられた1人である。

 新潟県佐渡島出身の月島は、過去に愛する女性を巡るいざこざの末に実父を殺害し、死刑囚として投獄された。ただ死を待つ身であった彼に対し、鶴見は1つの“物語”を提示する。それは、彼女のものだという一房の髪を渡し、死んだはずの恋人が生きているかもしれないという一筋の希望を示した。

 釈放後、月島は鶴見の忠実な手足として歩み始める。だがその途中、同郷の兵士から「彼女の遺体は父の自宅床下から見つかっていた」という残酷な真実を知らされる。つまり、月島がすがってきた希望そのものが、すべて鶴見のウソだったのだ。激高し詰め寄る月島に対し、鶴見は「すべては優秀な戦友である君の命を惜しんでの行動だった」と、あくまで愛ゆえのウソであったと説くのである。

 その直後、月島はロシア軍の砲撃から身を挺して鶴見を守る。しかし、この一連の「真相の暴露」と「命の危機」さえも、月島の忠誠心を完成させるために鶴見が仕組んだ演出であった可能性が高い。

 度重なるウソに翻弄され、もはや何が真実であるかを見失ってしまった月島。そして彼が自らの命の使い道として選んだのは、金塊争奪戦の先にある結末まで、この「鶴見劇場」を特等席で見届けることだったのである。

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