毎週日曜日午前9時30分より放送されているアニメ『鬼滅の刃』全編再放送では、ついに竈門炭治郎が最終選別を突破し、初の任務に挑む。
この年は約20人ほどが選別を受けたが、炭治郎を含めた5名が藤襲山で1週間生き延び、鬼殺隊入りを果たした。この厳しい1週間を生き延びたものだけが晴れて隊士になれるというのは、何とも残酷なシステムにも感じる。
さて、ここで気になるのが「竈門炭治郎 立志編」の第23話「柱合会議」での風柱・不死川実弥のセリフだ。那田蜘蛛山での戦いを終えた後、産屋敷邸で行われた半年に一度の柱合会議の中で、お館様は「人々の暮らしがかつてなく脅かされつつある」「鬼殺隊員も増やさなければならない」と発言。それに対して、不死川は「隊士の質が信じられないほど落ちている。ほとんど使えない」と不満を漏らしていた。
これは那田蜘蛛山での戦いで、累をはじめとする鬼を前に多くの隊士が落命。敵に囚われたり、恐怖で動けなくなったりしていた惨状を受けてのセリフだろう。
ここから組織全体の力の底上げのため、柱による稽古が急務となり、「柱稽古編」へとつながっていく。
では、なぜそれほどまでに隊士の質が落ちていたのだろうか。あらためて考えてみると、そもそも最終選別のシステム自体にも問題があるように思えてくる。
※本記事には作品の内容を含みます。
■ただ7日間生き残れば良いという選別基準の曖昧さ
先述の通り、鬼殺隊入りの条件は藤襲山で1週間生き延びることだ。つまり、鬼に見つからなければ、まったく戦わずに合格することも可能となる。もしかすると、本当は鬼殺隊に入るだけの実力がないにもかかわらず、受かってしまった隊士も一定数存在するのではないだろうか。
たとえば那田蜘蛛山で累に斬り刻まれた隊士は、一見すると弱そうな見た目をした累の実力を見誤り、炭治郎の制止も聞かずに瞬殺された。彼の判断力のなさや傲慢な性格は、鬼殺隊らしいとはお世辞にもいえない。
しかも、その肉体を食べられたら鬼の方がパワーアップするため、さらに鬼と鬼殺隊との戦力差が開いてしまう。つまり鬼に負けた場合、死してなお味方に迷惑をかける可能性もあるのだ。
彼のような隊士は、選別の際に鬼が近寄れない藤の花の近くに身を潜めていたか、運よく鬼と遭遇しなかっただけという可能性も考えられる。もしそうなら、「生き残りさえすれば良い」という条件が、悪い方向に作用したようにも思えるのだ。
本来であれば、最終選別に生き残りながら実力不足の者は、後方支援にあたる事後処理部隊「隠」に編成されるはず。実力が足りていないように見える隊士が刀を握って前線にいるのは、それだけ鬼殺隊に人手や時間が足りていないのかもしれない。
■優秀か否かに限らず、狭すぎる門…
続いて最終選別で気になる点は、生き残る人数の少なさだ。なぜ入隊前の若者が、これほど大量に命を落とさなくてはいけないのか。「5人も生き残った」と言われた炭治郎の年でも、その3倍ほどの候補者が命を落としている。ずば抜けた強者でなくとも、駒は少しでも多い方がいいのではないか……。
その理由こそ、上記の「鬼に食べられたら鬼が力をつけてしまう」ことにあるのかもしれない。弱い隊士を鬼のもとに向かわせるのは、獣の巣穴に餌を投げ入れるようなものである。
よって、すぐに命を落としそうなレベルの人は強い鬼と戦う前段階で死んでもらった方が、後々都合がいいということなのだろうか。
しかし、そう解釈したとしても最終選別の内容には疑問が残る。「柱稽古編」第2話では、水柱の冨岡義勇がかつて錆兎とともに最終選別を受けたことが明かされた。錆兎は最終選別の段階ですでに優れた才覚を表していたようで、1週間の間に多くの剣士を助けた。しかしその結果、最終的に手鬼に敗れて命を落としている。
この年に命を落としたのは錆兎だけなので、彼に助けられた他の者は全員合格したということになる。他の年にも、彼と同様に他人を守って死んでしまった心優しく優秀な候補もいたのではないだろうか。
本来ならば柱にもなれそうな実力のある者、特に他人を助けようとする人格者を失う可能性が高いこのシステムには、やはり問題があるように思えてならない。


