『進撃の巨人』といえば、巨人との死闘や国家同士の争いといった壮大なスケールで描かれる物語を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、その激動のドラマを支えていたのは、もっと身近で普遍的な「家族」の関係でもあった。
なかでも、主人公、エレン・イェーガーとジーク・イェーガーをはじめとする兄弟の関係性は物語の重要な要素だ。彼らは同じ血を分けながらもすれ違い、ときに残酷な運命に翻弄される“最も近い他者”として描かれてきた。
今回は、物語の結末を左右した3組の主要な兄弟に焦点を当て、作者・諫山創氏が描いた「兄弟愛」のかたちを読み解いていきたい。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます。
■交わらなかった兄弟…エレンとジーク
本作の兄弟を語る上で欠かせないのが、上述したエレンとジークだろう。同じ父グリシャ・イェーガーを持ちながら、弟は「自由」のために世界を壊そうとし、兄は「救済」のためにエルディア人の安楽死を願った。この対立する2つの正義が、物語全体を通しての残酷な軸となっている。
マーレでの再会時、ジークが“握手の代わりに”と投げた野球ボールをエレンが取りこぼす場面は象徴的だ。歩み寄ろうとする兄と、それを受け取らない弟。その瞬間に、埋まることのない心の距離がはっきりと示されたように思う。
それでもなお“座標”の世界で、ジークは「世界を救う時は お前と一緒だ」と、弟エレンに語りかけ、彼を父の呪縛から救おうと執着する。そこには、かつて自分が得られなかった親の愛を弟に重ね、心を埋めようとする不器用さと、ジークの根強い孤独が透けて見て取れる。
しかし、最終的にエレンはジークを裏切り、彼が持つ「王家の血」を利用して地鳴らしを発動。結果としてジークは、それを止めるために命を差し出すことになった。
最後まで分かり合うことはなかった2人。それでも、この断絶があったからこそ、互いに譲れない意志と、切っても切れない縁が際立つ。それこそが、イェーガー兄弟の特別さだった。
■守るための嘘が導いた結末…ポルコとマルセル
「マーレの戦士」である弟ポルコと兄マルセル。ガリアード兄弟の関係は、ライナー・ブラウンという存在を介して、「誤解」から「理解」へと変わっていく。
かつて戦士の選考でポルコは落選し、ライナーが「鎧の巨人」に選ばれた。その事実は、“自分はライナーより劣っている”という認識としてポルコの中に刻み込まれ、拭いきれない屈辱として残り続けていた。
やがてポルコは、兄と同じ「顎の巨人」を継承することになる。そしてパラディ島での戦いの中、満身創痍となった彼は、兄の記憶を通じて真実に触れることになった。
マルセルは、「九つの巨人」を継承した者に課せられる「ユミルの呪い」による13年の寿命から弟を守るため、軍に対して評価を操作し、あえてライナーを戦士に選ばせていた。つまり、ポルコが長年抱き続けてきたライナーへの劣等感や憎しみは、すべて兄が自分を守るためについた嘘によって生まれた感情だったのである。
最期、巨人化したファルコからライナーを救うため、自らを犠牲にするというポルコの選択は、かつてマルセルがライナーを庇って命を落とした瞬間と重なる。
「これで…はっきりしたよな 最後まで俺の方が上だって…」と語るポルコの表情に悲壮感はなかった。その言葉はライナーへの優越感を示すと同時に、命をかけて仲間を守った兄と同じ「戦士」としての高みに自分もようやくたどり着いたという感情の表れだったようにも思えるのだ。


