90年代、任天堂・ゲームボーイの前に散った「携帯ゲーム機」たち…彼らはなぜ天下を取れなかったのかの画像
(左上から時計回り)NintendoSwitch、プレイステーション・ポータブル、ゲームボーイミクロ、ゲームボーイカラー、ゲームボーイ、ニンテンドー3DS(編集部撮影)

 昨今のレトロゲームブームによる価格上昇の波はゲームソフトだけでなく、それらを遊ぶゲームハードにも及んでいます。特に携帯ゲーム機は人気が高く、当時の定価やそれ以上の価格がつくことも珍しくありません。

 中でも発売当時、覇権を握った人気携帯ゲーム機よりも、それに負けたハードのほうが希少性が高く、入手が難しい場合も多いようです。

 思い返すと1990年代の携帯ゲーム機は、任天堂が1989年に発売した「ゲームボーイ」と、その後発売された派生機や後継機が圧倒的なシェアを握りました。しかし当時を知る人なら、他のメーカーも負けじとさまざまな携帯ゲーム機を出していたことが思い出されるでしょう。

 ゲームボーイ一強の状況に「待った」をかけるべく世に送り出された、知る人ぞ知る携帯ゲーム機たちをあらためて振り返ってみたいと思います。

■日本初のカラー液晶を採用…オプションでテレビも見れたけど重大な欠点が…!?

 ゲームボーイの発売から1年以上遅れの1990年10月6日、セガが発売した携帯ゲーム機が「ゲームギア」です。日本で発売された携帯ゲーム機として、初めてカラー液晶が採用されました。

 ゲームボーイ(2.45インチ)を超える3.2インチの大型カラー液晶に、先進的なバックライトまで搭載。室内では少々明るすぎるきらいもありましたが、ゲーム画面はとても鮮やかでした。

 しかしこのバックライトのせいか、バッテリーの持ちが非常に悪く、単三電池6本でわずか3時間ほどしか遊べないという致命的な欠点が……。

 またオプションのTVチューナーパックをつけることで、どこでもテレビが楽しめるという、当時としては破格の強みがあったのですが、これもバッテリー消費に拍車をかける結果に。さらにアンテナの感度もイマイチで、番組がきれいに映らないこともありました。

 このような当時の携帯ゲーム機にはなかったゲームギアの強みが、うまく生かせなかったのが残念です。

 日本国内の携帯ゲーム機競争では、ゲームボーイシリーズの牙城を崩せなかったゲームギアですが、海外まで含めると、実は1000万台以上も売れています。それにもかかわらず、セガにとって最初で最後の携帯ゲーム機となってしまったのは、ひとえに戦った相手と、生まれた時期が悪すぎたとしかいいようがありません。

■PCエンジンのゲームがそのまま遊べる携帯ゲーム機の「致命的弱点」とは!?

 続いての携帯ゲーム機は、ゲームギアから約2か月遅れの1990年12月1日に発売された「PCエンジンGT」です。2.6インチのカラー液晶が採用され、その最大の特長は、なんとPCエンジンのソフト「Huカード」がそのまま遊べること(一部ゲームを除く)。そのため携帯ゲーム機というより、「携帯できるPCエンジン」といったほうが正しいのかもしれません。

 バックライトつきの美しいカラー液晶で鮮やかな映像が楽しめますが、ゲームギアよりも小さい2.6インチという液晶サイズは、PCエンジンのタイトルを楽しむには、やや小さく感じました。さらに単三電池6本を使いながら、こちらもゲームギア同様に3時間ほどしか電池がもちません。

 また、電池本数が同じゲームギアより本体が50g重く、ゲームをプレイしていると数字以上に重さを痛感します。カラー液晶、オプションのTVチューナーが用意されているなど、ゲームギアと似た特長がありましたが、PCエンジンGTの発売時の価格は44800円。PCエンジンの豊富なゲームが遊べるとはいえ、ゲームギア(19800円)の倍以上の価格だと考えると、少々手を出しにくい人が多かったかもしれません。

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