「人面瘡」に「灰色の館」、「霊のいる風景」も…怖すぎて震えた『ブラック・ジャック』に登場する「珠玉のホラー回」の画像
手塚治虫漫画全集『ブラック・ジャック』第5巻(講談社)

 1973年から『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載が開始された手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』。本作は、天才的な腕を持つ無免許医のブラック・ジャック(以下、B・J)が、命の尊さや医療の限界と向き合うヒューマンドラマの金字塔として、連載終了から時を経た今なお多くの人々に愛されている。

 しかし、本作が連載当初は「恐怖コミック」という触れ込みでスタートしたことは、あまり知られていないかもしれない。そのため、物語の一部のエピソードには、医療というテーマを越えたホラー漫画としての要素が色濃く出ているものも存在する。人間の業の深さやオカルト的な怪異現象を描いた物語は、今読み返してもその不気味さに思わず背筋が凍ってしまうのだ。

 今回はそんな『ブラック・ジャック』に登場する、珠玉の「ホラー・怪談エピソード」を振り返りたい。

 

※本記事には作品の内容を含みます

 

■切っても消えない顔…人間の業が生んだ伝説の怪奇譚「人面瘡」

 数あるホラーエピソードの中でも、人間の内面に潜む“罪悪感”や“業”を視覚的に描き、読者を戦慄させたのが「人面瘡(じんめんそう)」である。

 人面瘡とは、体の一部に人間の顔(人面瘡)が不気味に浮かび上がる奇病だ。ある日、この病気に悩む男がB・Jのもとを訪れ、手術を依頼する。B・Jは人面瘡を切除するのだが、しばらくすると再び同じ顔が浮かび上がってしまう。

 B・Jは人面瘡の原因がその男の心にあると見抜き、彼を銃で撃ち一度意識を失わせてから再度手術を行い、ついに人面瘡の出現を防ぐことに成功する。これで一件落着かと思いきや、最後には思わぬ形で人面瘡が再び出現するのである。

 メスで何度切り取っても決して消えることのない人面瘡。実はその正体は、患者自身が過去に犯した恐ろしい罪の記憶と、それに苛まれる“心の闇”が具現化したものだった。

 どれほど優れた外科医のメスであっても、人間の心にこびりついた邪念を切り取ることはできない。自分の後悔が物理的な怪異となって現れるという展開は、単なる医療漫画の枠を超えた見事なサイコ・ホラーである。

■歪んだ兄妹の愛憎が燃え上がる救いなきバッドエンド「灰色の館」

 人間の内に潜む“業”の深さと、底知れぬ悪意を描いたエピソードが「灰色の館」だ。

 豪華な洋館に住む気品ある美女から、全身に大火傷を負い、声も出せなくなってしまった兄を治してほしいと依頼されたB・J。しかし、その兄妹には暗い秘密が隠されていた。

 実は兄は日常的に妹を虐待しており、耐えかねた妹が反撃。兄を殴ったうえ、その死体を隠滅しようと焼却炉に放り込んだ結果、大火傷を負ったのである。

 兄が治ればまた虐待されてしまうから、この場から逃げろと妹を諭すB・J。しかし妹は、“殺されてもかまいません!! わたし…兄を愛してるんです!!”と、歪んだ愛情を理由に懇願する。

 その後、B・Jの手術は成功し、兄は元の姿を取り戻すが、待っていたのは自分をひどい目に遭わせた妹への憎悪の爆発だった。兄は火炎放射器で妹の顔を焼き、2人は燃え盛る館の中で共に焼け死んでしまうのである。

 惨劇を目の当たりにしたB・Jが呟いた「医者は人のからだはなおせても…… ゆがんだ心の底まではなおせん」というセリフ。いかなる名医のメスでも、人間の歪んだ心を切り取ることはできない。“本当に怖いのは人間である”という、普遍的な恐怖を突きつけてくるホラーエピソードである。

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