手塚治虫さんの不朽の名作『ブラック・ジャック』は、連載開始から半世紀以上を経た現在も人気の衰えない作品だ。その魅力は本作が単なる医療漫画の枠に収まらず、アクションやミステリー、人間ドラマなど多彩な面白さが詰まっているからだろう。
主人公のブラック・ジャック(以下、B・J)は天才的な腕を持つ外科医でありながら、その真価は手術室の中だけにとどまらない。ピンチに陥ったとき、一般人には思いもよらない医学的知識を応用した天才的なトリックで危機を脱出することも多いのだ。
そこで今回は、B・Jならではの秀逸トリックが光ったエピソードを厳選して紹介したい。
※本記事には作品の内容を含みます
■犯罪者の息子の顔に整形!? 奇策で命を救った「医者はどこだ!」
『ブラック・ジャック』の記念すべき第1話「医者はどこだ!」は、連載開始早々からB・Jの天才的なひらめきが躍動するエピソードだ。
物語は、素行の悪さで有名な大富豪の息子・アクドが無謀な運転で瀕死の重傷を負い、病院に運び込まれる場面から始まる。
アクドを助けるには別の健康な体と取り替えるしかなく、彼の父親は非情な決断を下す。それは、事故とは全く無関係な仕立て屋の青年・デビイに無実の罪を着せて死刑囚にし、その体を息子の手術に使うようB・Jに依頼するというものであった。
後日、無事に退院したアクドは、仕立て屋で働くデビイの母親の前で見事なハサミさばきを見せる。
そう、実はB・Jが手術をしたのはアクドではなく、アクドの顔に整形したデビイ本人だったのである。“心身ともにくさった奴を助けても無駄だ”と語ったB・Jは、デビイ親子に逃亡資金まで渡し、悪の支配から救い出したのであった。
大手術をしてアクドの命を助けたかと思いきや、まさか被害者のデビイの顔を変えて海外逃亡を手助けするという斬新なトリック。今でこそ整形をテーマにした物語も珍しくはないが、連載当時の1970年代にこの発想を生み出した手塚さんのアイデアには脱帽してしまう。
そして、この衝撃的な第1話を皮切りに、B・Jの天才的な活躍が始まるのである。
■命を救うためにあえて仮死状態に…「閉ざされた三人」
続いて紹介するのは、エレベーター内に閉じ込められたB・Jと父子の話「閉ざされた三人」だ。
ある日、B・Jはデパートで地盤陥没事故に巻き込まれ、負傷した父親とその息子の3人でエレベーター内に閉じ込められてしまう。
父親は腹腔破裂を起こしており、手術をしなければあと4時間ほどで亡くなってしまう状態だ。しかも、地下に埋もれたエレベーター内は徐々に酸素が失われ、このままだと酸欠で3人とも命を落とす危険が迫っていた。
この絶望的な状況下の中、父親は“自分を殺して酸素の量を確保し、子どもを助けてほしい”とB・Jに懇願する。悩んだB・Jは父親に注射を打ち、その後、父親は静かに息を引き取るのだった。
“パパを殺した!”と激高する子どもに対し、B・Jは「これは賭けだっ」と譲らない。その後、辛くも救助隊によって助けられるも、子どもは、“あいつは人ごろしだ!”とB・Jをなじる。そのとき、B・Jは「いやまだ死んではいないっ」と叫び、驚愕の事実を明かす。
実は父親に投与したのは、毒薬ではなく大量のインシュリンだったのだ。酸素の少ない空間で全員が生き延びるには、一時的に父親を仮死状態にして呼吸を制限するしかなかった。それはまさに一か八かの賭けではあったが、3人の命を救うための究極の判断だったのである。
その後、B・Jは父親にブドウ糖の注射と輸血をして仮死状態から目覚めさせ、腹腔破裂の手術も見事に成功させる。そして、“手術代はデパート側からたっぷりとってやる!”という、最後の決め台詞も見事であった。


