■白帯からの快進撃、世界を驚愕させた「ITO」の凄み

 富士子の戦績を改めて辿ってみよう。それは、柔道歴の浅さを考えれば驚異的と言うほかない。

 その快進撃の幕開けとなったのが、筑紫大学との練習試合である。三葉女子の副将として出場した富士子は、強豪大学の主力メンバーを相手に堂々の2勝を挙げた。まだ柔道を始めて間もない選手が大学トップクラスに連勝するなど、常識では考えられない快挙だった。

 さらにその数カ月後に挑んだ、日本の大学女子団体日本一を決める紫陽花杯でも、その勢いは止まらない。

 三葉女子はエースの柔に出番が回らないほどの快進撃を見せるが、その流れを支えていたのが間違いなく富士子だった。その準決勝では、柔の宿敵・本阿弥さやかとの一戦で肩を脱臼しながらも食らいつき、執念の引き分け。大会優勝の大きな原動力となったのである。

 その実力は、やがて世界の舞台にも届く。日本強化選手に選出され挑んだユーゴスラビア世界選手権では、無差別級に出場し、ソ連の怪物、アンナ・テレシコワと激突。結果は敗北だったが、作中屈指の強者を本気にさせる戦いぶりで強烈な印象を残した。

 そして迎えるのが、バルセロナ五輪代表選考会を兼ねた全日本体重別だ。決勝の相手は、親友であり最大の目標でもある柔道家・猪熊柔。

 試合は開始わずか数秒、柔の電光石火の背負い投げで決着した。しかし、日本一を決める舞台で対等な柔道家として真剣勝負を演じ、富士子が改めて柔の凄さを実感して涙するこの場面は、本作屈指の名シーンとして語り継がれている。

■母として、1人の柔道家として掴んだ「銅メダル」

 柔に敗れた富士子だったが、女子柔道界は「柔・富士子の二強時代」への期待が高まった。ところがその矢先、彼女の妊娠が発覚するのである。

 花園薫との“できちゃった婚”を経て、愛娘・富薫子を出産。母となった富士子はそれでも柔道を諦めず、再び畳へ戻り“ママさん選手”として世界を目指す。そして見事バルセロナ五輪出場の切符を掴み取るのだった。

 迎えた五輪本番では、一回戦で世界選手権覇者クリスティン・アダムスと対戦し、まさかの敗北。しかし、そこからの彼女は凄まじかった。敗者復活戦を不屈の闘志で勝ち上がり、ついに銅メダルを獲得するのである。ちなみに、一回戦で彼女を破ったクリスティンが、そのまま金メダルを獲得したという事実が、富士子の実力を物語っていると言えるだろう。

 初戦の相手が最強という不運な組み合わせの中で見せた執念の柔道は、“母の強さ”を体現する戦いであり、富士子にとって柔道家人生の集大成となったのである。

 

 猪熊柔が幼い頃から英才教育を受けた「柔道の申し子」だとするならば、富士子はバレエの挫折を経て、遅くに始めた柔道で才能を開花させた「遅咲きの天才」であった。

 柔という圧倒的な光のそばで、誰よりも泥臭く、そして美しく成長し続けた彼女。伊東富士子というもう1人のヒロインがいたからこそ、『YAWARA!』は単なるスポーツ漫画を超え、豊かな人間ドラマとして今なお多くのファンに愛され続けているのである。

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