実は柔以上の逸材だった?『YAWARA!』猪熊家三代が認めた遅咲きの天才「伊東富士子」の凄さの画像
ビッグコミックス『YAWARA!』完全版 デジタル Ver.第1巻(小学館)

 浦沢直樹氏による柔道漫画の金字塔『YAWARA!』。主人公・猪熊柔の天才的な強さは言うまでもないが、改めて読み返すと、もう1人の「規格外の天才」の存在に驚かされる。それが、柔の親友であり、時に最大のライバルとなった伊東富士子だ。

 彼女はもともと柔道経験のない初心者であった。にもかかわらず三葉女子短大で柔道部を自ら立ち上げ、わずかな期間で世界の強豪と互角に渡り合い、最終的には五輪メダリストにまで上り詰めるのである。

 今回は、そんな遅咲きの天才・伊東富士子の凄さを改めて振り返っていく。

 

※本記事には作品の内容を含みます

 

■挫折を最強の武器に変えた「180cm」のバレリーナ

 伊東富士子が柔道を始めたのは、現実の競技の世界で考えれば極めて遅い部類に入ると言えるだろう。

 柔が三葉女子短大に入学した際に出会ったのが富士子だ。柔道から距離を置こうとする柔の才能を惜しみ、“柔が柔道を続けられる場所を作りたい”と、自ら柔道部を創設。こうして富士子自身も初心者として、短大入学の頃に初めて畳へ上がることになったのである。

 そんな彼女の柔道の土台となったのが、バレエの経験だ。富士子は3歳からプリマ・バレリーナを目指して稽古を続けていたが、成長期に身長が大きく伸びたことで夢を断念。しかし、そこで培われた体幹の強さ、柔軟性、しなやかなフットワークは、柔道の畳の上で大きな武器へと昇華された。

 身長180cmという体格は、バレエでは不利でも柔道では長い手足と柔軟な股関節という大きなアドバンテージとなる。「アン・ドゥ・トロワ」のリズム、かけ声とともに繰り出される切れ味鋭い「白鳥の湖(大内刈り)」や「くるみ割り人形(内股)」は、やがて彼女の代名詞となった。

 さらに富士子の凄みは技の切れ味だけではない。強烈な投げを受けても空中で体をひねり最小限の失点に抑える驚異的な「回避能力」。そして時には寝技に持ち込み、時には相手の足にしがみついてでも勝利をもぎ取る泥臭い「執念」である。こうした身体感覚と精神力が、初心者だった彼女を短期間で世界レベルへ押し上げていくこととなった。

■猪熊家三代が認めた「規格外」のポテンシャル

 三葉女子の柔道部として柔に手ほどきを受けた富士子だが、その才能を象徴する印象的な場面がある。

 物語の中盤、カフェで柔と柔道談義に花を咲かせ、「そしたらこう」「もっとこう」「そうねこう!!」と、テーブルを挟んで腕の動きだけで組み手のイメージを共有する“女子トーク”を始めるのだ。高度なイメージトレーニングとも言えるこのやり取りからも、富士子が短期間で上級者の域に達していたことがうかがえる。

 もちろん、その才能を見抜いていたのは柔だけではない。柔の父・猪熊虎滋郎も、柔道を始めてわずか2カ月の富士子を見て「たいしたものだな」と驚き、思わず助言を与えている。『YAWARA!』ファンなら分かると思うが、あの虎滋郎が自ら指導するのは、よほどの才能を認めた相手だけなのである。

 そして作中で、彼女の資質に最も惚れ込んでいたのが、柔の祖父・猪熊滋悟郎だ。

 滋悟郎は、柔道を始めたばかりの富士子の投げを一目見ただけで、その素質をいち早く見抜き、また別の練習で富士子が柔から一本を取った際も、周囲も投げた本人さえも「柔がわざと倒された」と見ていた中で、滋悟郎だけは「本物ぢゃよ!!」と、その実力に太鼓判を押した。そして実際の試合になれば、時には孫娘である柔以上に熱くアドバイスを送っている。

 極めつけは、三葉女子とセーヌ大学の対抗戦だ。本来、滋悟郎の目論見では、柔を本格的に復帰させるために富士子には敗れてもらう必要があった。しかし、畳の上で必死に戦う彼女の姿に心打たれた滋悟郎は、自身の打算を捨て、思わず「この勝負一本とって……勝てィ!!」と叱咤してしまう。そこには富士子を一人の柔道家として認めたからこそ、滋悟郎自身の柔道家としての性分が抑えきれなかったのではないだろうか。

 ちなみに柔、滋悟郎、虎滋郎という猪熊家三代すべてから直接指導を受けた作中の柔道家は、富士子ただ1人だ。

  1. 1
  2. 2
  3. 3