1994年から1995年にかけて『週刊少年ジャンプ』が最大発行部数653万部を記録した、まさに「黄金期」の絶頂期。
『ドラゴンボール』(鳥山明さん)や『SLAM DUNK』(井上雄彦さん)といった強力なラインナップが誌面を飾るなか、ひときわ異彩を放つ一作のサスペンス漫画があった。それが、かずはじめさんのデビュー作『MIND ASSASSIN』である。
ド派手な必殺技が飛び交い、手に汗握る勝利の物語が主流だった当時のジャンプにおいて、本作が描いたのは、どこまでも深い「人の心の深淵」と、あまりに切ない「救済」の在り方だった。
決して王道とは呼べないこの物語が、なぜ30年近い時を経た今もなお、熱烈なファンの間で大切に語り継がれているのか。その魅力を紐解いていきたい。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます
■医者か、暗殺者か。主人公・かずいが持つ二つの顔
主人公・奥森かずいは、街の片隅で「奥森医院」を営む開業医である。身長192cmという長身を誇る一方、その顔立ちは女性と見紛うほどに中性的で端正だ。性格はおっとりとしており、患者や近所の人々から自然と親しまれ、自身が引き取って育てている少年・虎弥太(こやた)と慎ましく、穏やかに暮らしている。それこそが、彼の「表の顔」だ。
だが、彼にはもう1つの顔があった。その正体は、第二次世界大戦中に生み出された架空の超能力兵器「マインドアサシン」の末裔である。頭部に触れるだけで、相手の記憶と精神を完全に破壊するその力は、本来、人を殺すため、そして心を壊すためだけに設計された能力だ。
かずいは、その忌まわしき力を「医術」として用いる。耐えがたい絶望や喪失によって精神が限界に達した患者に対し、苦痛の根源となる記憶そのものを消し去ることで、彼らに救いをもたらしているのだ。
また、一方で、他者を踏みにじり悪意のままに生きる人間に対しては、一切の躊躇も情も見せずにその力を振るう。そのとき彼は、穏やかな医師の仮面を脱ぎ捨て、冷酷無比な暗殺者へと変貌するのである。
この危うくも強烈な二面性こそが、『MIND ASSASSIN』という作品の核であり、奥森かずいという主人公が放つ圧倒的な魅力なのだ。
■ジャンプ黄金期の裏側で描かれた、人の心の深淵と生々しい悪意
当時の『週刊少年ジャンプ』といえば、「友情・努力・勝利」をテーマにした物語が誌面を熱く燃え上がらせていた時代だ。その真っ只中にあって、かずはじめさんの描く本作は、驚くほど静かな佇まいを見せていた。
数話で完結するオムニバス調で展開される本作の主戦場は、リングでも戦場でもなく、人の「内面」だった。しかし、その描写は決して穏やかなものばかりではない。
作中では、自己中心的な凶悪犯罪、異常な犯人による凶行や、DV(ドメスティック・バイオレンス)といった、少年誌の枠を逸脱するような生々しい悪意が、正面から描かれる。
こうした目を覆いたくなるような凄惨な絶望が描かれるからこそ、主人公・かずいの振るう「マインドアサシンの力」が、唯一無二の慈悲として際立つ。
綺麗事では済まされない現実の闇を描き切ったからこそ、本作の提示する救済の形は、当時まだ幼かった筆者を含め、多くの読者の心の奥深くまで届いたのだ。


