昨年、連載開始から50周年という大きな節目を迎えた、美内すずえ氏の不朽の名作『ガラスの仮面』。演劇の天才少女・北島マヤと、その宿命のライバル・姫川亜弓が、幻の名作「紅天女」の主演の座を巡って切磋琢磨しながら互いに成長していく物語だ。
本作を語る上で欠かせない存在が、マヤの師匠であり、かつて「紅天女」を演じた伝説の大女優・月影千草である。黒いドレスに身を包み、鋭い眼光を放つその姿は、連載開始から半世紀が経った今でも強烈なインパクトを与え続けている。
しかし、千草はマヤが成功を掴みかける重要な局面で倒れることが多く、その後奇跡的に復活しては、再びマヤに厳しい課題を突きつける。今回は、そんな不死鳥のような存在である月影千草の知られざる日常に迫っていきたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■何度目の危篤? 読者が“今回こそは”とハラハラした千草の延命力
物語の初期から重い病を患っており、医師からは何度も“いつ死んでもおかしくない”と言われ続けてきた千草。
作中では幾度となく吐血して病床に伏し、“マヤ、あとはお前に……”などと言い、最期を予感させるシーンが繰り返し登場する。読者はそのたびに「ついにこの時が来たか」と固唾を呑むのだが、彼女はそこから驚異的な回復力を見せる。マヤが危機に陥ったり、重要な舞台の幕が上がったりすると、まるで魂が呼び戻されたかのように再び立ち上がるのだ。
例えば、マヤが舞台「嵐が丘」を無事に演じ終えて帰宅した際、千草の容態は急変。彼女はそのまま緊急手術を受け、4日間もの昏睡状態に陥るが、無事に目を覚ますのだ。
また、マヤと亜弓がいよいよ「紅天女」の稽古を本格的に始めようとした矢先にも、千草は「ここまできて…!」と胸を押さえて倒れてしまう。その後、一度は復活するものの、自ら「紅天女」を演じている最中に吐血し、読者に「今度こそ死んでしまったのか」と思わせるほどの危機的状況に陥る。
このように千草は、マヤが何かしら重要な局面を迎えるときに必ずと言っていいほど倒れ、その都度、死の淵から生還している。医師すらも驚くその生命力の源は、「紅天女を受け継ぐ者を見届ける」という凄まじい執念に他ならないだろう。
もはや不死身ともいえる千草にとって危篤は日常茶飯事ともいえそうだが、彼女の病状は作品の大きなスパイスになっているのもまた事実なのである。
■収入源はどこから…? 常にマヤをサポートし続ける資金の謎
マヤと千草の関係は、マヤの即興の一人芝居を偶然見かけた千草が、その非凡な才能に気づき、自分が主催する「劇団つきかげ」に引き入れたことから始まる。
この「劇団つきかげ」には寄宿制度や奨学金制度が設けられており、才能のある者は月謝が免除されるなど、手厚いサポートが受けられる。
その資金力には速水真澄率いる大都芸能も首をかしげており、“かつての財産はもうないはずだから、裏で資金を援助している人物がいるのではないか”と怪しんでいた。確かに、千草たちの生活費や活動資金はどこから捻出されているのかは、作中でも大きな謎の1つである。
若き頃の千草は、師であり愛する人であった演出家・尾崎一蓮とともに劇団「月光座」にて看板女優として活躍していた。しかし、千草を手に入れたいと画策する速水英介(真澄の父)率いる大都芸能の妨害に遭い、劇団は解散。それがきっかけで一蓮は自ら命を絶ち、千草は絶望の淵に立たされることとなった。
しかし、一蓮が残した舞台「紅天女」を演じることで、千草は女優として奇跡の復活を遂げる。大手芸能者や実業家、政治家などを味方に、舞台や映画で次々と大役をこなし、大女優としての地位を不動のものとした。舞台上での事故で顔に大怪我を負い、女優生命は絶たれてしまうが、「劇団つきかげ」を運営できていたのは、全盛期に築いた当時の莫大な資産があるからではないかと推測される。
その莫大な蓄えは、すべて「紅天女」を次代へと繋ぐためだけに注ぎ込まれているのだろう。 それは亡き師・一蓮への愛を貫くための信念であり、彼女が命を削ってマヤや亜弓に授ける最後の贈り物とも言えそうだ。


