勝利のためには、時に常識をくつがえすような思い切った一手が必要だ。井上雄彦氏が描く名作バスケットボール漫画『SLAM DUNK』に登場する名監督たちも、ここぞという場面で大胆な采配を繰り出してきた。その決断は数々の名シーンを生み出す一方で、「はたしてそれが最善だったのか」と読者に考察の余地を与えている。
今回は、作中に登場する名将たちの采配を、リスクとリターンの視点からあらためて振り返っていく。成功と隣り合わせにあったリスク、そして結果の裏に潜んでいた誤算に焦点を当ててみたい。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます。
■安西先生の賭け:宮城にすべてを託した信頼采配
主人公・桜木花道が属する湘北高校の躍進を語るうえで欠かせないのが、安西先生の大胆な采配である。その真価がもっとも色濃く表れたのが、インターハイでの山王工業高校戦で見せた「選手を信じ切る」という決断だった。
後半開始直後、山王は勝負を決めにかかり、得意のフルコートゾーンプレスを仕掛ける。これにより湘北はフロントコートへボールを運ぶことすらままならなくなり、同点から始まったスコアは一気に引き離され、王者の圧力が試合を支配していく。
この絶体絶命の局面で安西先生が選んだのは、戦術の切り替えではなく、ポイントガード・宮城リョータ個人の突破力にすべてを託すという采配だった。
フルコートに張り巡らされたプレッシャーを、宮城1人の力で真正面から打ち破れるか。その重責を背負わせる判断は、成功すれば流れを大きく引き戻せる一方、失敗すれば試合を決定づけかねない、極めて危うい一手だったように思う。
だが宮城は、その期待に見事応える。驚異的なスピードでプレスを突破し、湘北は再び息を吹き返した。結果として、この安西先生の判断は名シーンとして語り継がれる「信頼の采配」となった。
もっとも、この判断が常に正解だったとは言い切れない。宮城への負担は極端に大きく、再現性の高い戦術とは言い難いからだ。実際、堂本監督がその後ゾーンプレスを解除したことで助けられた側面もあり、結果論として「ハマったから成功した」という見方も否定できない。
こうした選手を信じきる采配は、海南大附属高校戦で見せた奇策「ボックスワン」にも通じる。牧紳一を4人で囲い込み、エースシューターである神宗一郎のマークを素人同然の桜木1人に任せた守備戦術もまた、桜木の資質を全面的に信頼した賭けだった。
それは緻密な計算のうえでの信頼だったのか、それとも勝負師としての直感だったのか。安西先生の采配は、成功と失敗の境界線ぎりぎりに立つ、まさに紙一重の決断だったといえるだろう。
■田岡監督の奇策:天才・仙道を縛ったPG起用
陵南高校を率いる田岡茂一監督の采配で、特に評価が分かれるのが、海南戦における仙道彰のポイントガード起用だろう。
仙道の持つ広い視野と卓越したパスセンスを起点に攻撃を組み立て、守備ではボックスワンを敷き、牧のマークも仙道に託す。神奈川の“帝王”に“天才”を攻守両面でぶつけるという、非常に大胆な奇策だった。
この采配は、たしかに一定のリターンを生んでいる。仙道は牧と互角の攻防を繰り広げ、時には身長190cmを活かしたパスカットで流れを引き寄せる場面もあった。ゲームメイクを仙道に委ねることで、陵南は王者・海南と真っ向から渡り合う展開を作り出したのである。
ただ、その一方で大きな代償も払っている。仙道はポイントガードとして試合全体を俯瞰する役割を担ったことで、攻撃の最前線に立つ場面はどうしても制限された。それでも得点を重ねるのが仙道の非凡さではあるが、裏を返せば、彼のスコアラーとしてのポテンシャルを最大化できなかったともいえるのではないか。
本来のポジションであるフォワードとして仙道を自由に動かし、勝負どころでその得点力を爆発させる選択肢はなかったのか。海南を強く意識するあまり、田岡監督は自軍最大の武器を自ら制限してしまったのかもしれない。
その奇策は善戦を呼び込んだ一方、「勝ち切るための最善策だったのか」という疑問は、今なおファンの間で議論の的となっている。


