■マ・クベ、オーベルシュタイン…物語を彩る一癖あるキャラクターも好演

 塩沢さんは、いわゆる美形キャラだけでなく、渋くてクセのある「個性派キャラ」の演技も印象的でした。

 『機動戦士ガンダム』(1979年)のマ・クベは計算高く狡猾な性格で、目的達成のためなら手段を選ばない人物。そんな役柄を、塩沢さんは独特な抑揚でくせが強く、神経質さが際立つ演技を披露します。とはいえ、ただの悪役ではなく(戦争ものなので、厳密にはどちらが悪というわけではないですが)、持ち前の声質もあってか、どこか生まれの良さを感じさせる気品が感じられました。

 第37話では自らギャンで出撃し、ガンダムを倒そうと策略を巡らせながらも失敗続き。そこにライバル視するシャアが現れると、珍しく声を荒らげて焦りを見せます。この演技の振り幅も大きな魅力であり、塩沢さんが演じる悪役に引き込まれました。

 また典型的な悪役とは違いますが、石黒昇監督が手がけたOVA『銀河英雄伝説』(原作・田中芳樹/1988年)のパウル・フォン・オーベルシュタインも、塩沢さんが演じたクセモノ役の代表格でしょう。

 オーベルシュタインは銀河帝国のラインハルト陣営の参謀を務めた冷徹な策略家。目的遂行のためなら、誰に嫌われようが一切気にしない人物でした。

 このオーベルシュタイン役では、塩沢さんの金属のように硬質で温度を感じさせない「キン」と響く声が、機械化された義眼を持つ知的なオーベルシュタインにピッタリ。そのうえで感情の起伏を極力抑えた演技は、無駄を一切省いた彼の性格を完璧に表現していました。

 一方、『未来警察ウラシマン』(1983年)で演じたアドルフ・フォン・ルードヴィッヒ役では、「悪の美学」を追及する典型的な「悪役」を披露。個人的には、彼もまた塩沢さんを代表するクセモノ役で、部下のミレーヌに刺された時は本当に死んだと思い込み(後に計略と判明)、本気で悲しくなって泣いたことを思い出します。

■物星大にぶりぶりざえもん…愛らしさを感じるキワモノ役も真骨頂!?

 冒頭で触れた『宇宙戦士バルディオス』のマリン・レイガン役をはじめ、『戦闘メカ ザブングル』(1982年)のアーサー・ランク役、『ふたり鷹』(1984年)の東条鷹役など、どこか繊細で甘めなイメージのキャラクターも演じてきました。

 『銀河旋風ブライガー』(1981年)の主人公・キッド(木戸丈太郎)は、ブンドルと同じくシリアスとコミカルを併せ持つキャラクターで、作中ではたびたびズッコケつつもしっかり「美形キャラ」として決めるところを決めてくれます。

 ところが、そんな塩沢さんが『ハイスクール奇面組』(1985年)では、物星大というぶっとんだキャラを熱演。視聴者に強烈なインパクトを与えた、いわゆる「オネエキャラ」でした。

 塩沢さんが演じる大は、声のボリュームを抑えつつゆったりと話すイメージで、口調も原作漫画以上に女性っぽさが強調されていました。いつもの塩沢さんの凛とした声色とはまるで別物だったため、最初は塩沢さんの声だと気づかなかったほどです。

 さらにそれを上回る衝撃を受けたのが、『クレヨンしんちゃん』(1994年)で演じた、ぶりぶりざえもん役です。外見は豚と人間を足したような姿で、もともとは主人公・野原しんのすけがクレヨンで描いた想像上のキャラクターでした。

 塩沢さんがぶりぶりざえもんを担当した頃は、『美少女戦士セーラームーンR』(1993年)のプリンス・デマンド役や、劇場映画『ストリートファイターII』(1994年)のバルログ役など、美形でシリアスな悪役を演じ、平成女子のハートもつかんでいました。

 そんな時期に演じたぶりぶりざえもんは、いつもの塩沢ボイスでナルシストな発言をしたかと思えば、「私は常に強い者の味方だ」といったゲス発言や下ネタを連発。これまでの塩沢キャラにはなかった新境地を感じたキャラクターでした。

 とはいえ塩沢さんの美声で発せられる下ネタは、女性目線でもなぜか下品には聞こえず、とにかく凄まじいギャップが楽しめました。


 このように幅広い演技で、子どもから大人まで多くのファンを魅了した声優の塩沢兼人さんは、残念ながら2000年5月10日、脳挫傷により46歳の若さで亡くなりました。

 唯一無二のその声には持ちキャラも多数あり、塩沢さんの急逝はさまざまな反響を呼びます。たとえばアニメ『クレヨンしんちゃん』のアニメ監督は塩沢さんへのリスペクトを明かし、後任の神谷浩史さんが決まるまで、約16年間もぶりぶりざえもんはセリフがない状態でした。

 かつて塩沢さんが演じていた人気キャラは後任の声優たちに引き継がれましたが、ふと過去の作品を見た時、塩沢さんの甘く美しい声を聞くとハッとさせられます。そのたびに、あの声は“唯一無二”だと再認識させられ、私たちファンの中で生き続けていることを実感させられるのです。

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