■宇宙の帝王の圧倒的強さによる“完全なる絶望”
“宇宙の帝王”と恐れられるフリーザとの戦いは、それまでの戦闘とは次元が違った。
強者との戦いを楽しむはずの悟空だが、この戦闘に限っては終始、焦りと恐怖が隠せない。何度攻撃を仕掛けても、変身を繰り返すたびに強大になるフリーザの力には、まったく底が見えなかったのだ。
特に象徴的だったのは、元気玉を放った直後の場面である。仲間たちの命がけの時間稼ぎによって完成させた特大の元気玉。これをフリーザに見事直撃させ、誰もが勝利を確信した。だが、その直後……フリーザが生きて現れ、その報復としてピッコロを容赦なく撃ち抜くのである。
「さ…さっさといけ!!! ジャマだ!!! みんなそろって死にてえか!!!」とクリリンや悟飯に対し、悟空は悲痛に叫ぶ。この時、悟空には自身が勝利する未来は見えていなかったはずだ。仲間だけでも生かして地球に帰すため、自らが犠牲になる覚悟を決めたのだろう。
界王拳を駆使した攻撃も、かめはめ波も通用せず、最後の切り札であった元気玉すら破られた。フリーザの“希望が見えない圧倒的な強さ”を前に、悟空の心は「もう勝てない」という完全な絶望に支配されていたように思える。これほどまでに悟空が追い詰められた姿は、シリーズ全体を通しても他に類を見ない。
しかし、この極限の絶望と恐怖があったからこそ、悟空は伝説の“超サイヤ人”へと変貌を遂げる。フリーザがクリリンを無慈悲に爆殺した瞬間、悟空の怒りは頂点に達して覚醒したのだ。
この戦いは、悟空が初めて最大の恐怖を怒りへと変化させ、自らの限界を突破した瞬間だったのである。
悟空が作中で「恐怖」を見せた場面は、決して多くない。しかし、ピッコロ大魔王との死闘では初めて「死」と向き合い、ラディッツとの遭遇では「仲間との共戦」を選び、さらにフリーザ戦では、「絶望の果ての覚醒」を遂げたように、そのいずれもが作品全体を動かす大きな転換点になっている。
悟空が抱いたであろう恐怖心は、彼を弱くするものではなく、むしろ新たな強さへと昇華させる原動力となった。恐れてもなお立ち上がり、前へ進み続けたからこそ、悟空は最強の戦士となり、『ドラゴンボール』という物語はここまで壮大な広がりを見せたのだろう。


