森川ジョージ氏が描くボクシング漫画『はじめの一歩』(講談社)の魅力のひとつに、完成度の高いボクシングシーンが挙げられる。ボクサー同士の緻密な駆け引き、スピード感あふれるフットワーク、そして何より破壊力満点のパンチは読者をスカッとさせてくれる。
しかし、本作には「スカッとする」を飛び越え、「痛そう……」と思わず絶句してしまうほどの必殺ブローも数多く存在する。鍛え抜かれた拳が腹筋を貫くボディブローは想像するだけで悶絶してしまうし、顔面へのクロスカウンターなんて絶対にごめんだ。読者ですらそう思うのだから、実際に受けている作中のボクサーのダメージは計り知れない。
そこで今回は、『はじめの一歩』に登場する必殺ブローの中でも、受けた相手に悲惨な結果をもたらした技をいくつか見てみよう。
※本記事には作品の内容を含みます
■まともに受けたら眼球が…!? 幕之内一歩のデンプシー・ロール
本作でまともに受けたくないパンチの持ち主といえば、もちろん主人公・幕之内一歩の名前が挙がる。
彼はフェザー級において世界最高峰のハードパンチャーとして広く認められており、勝った試合はすべてKOという驚異的な記録を持つ。倒れた相手に実況が「息をしているのか!?」と叫ぶほどのダイナマイトパンチは、彼が引退した今も記憶に新しい。
驚異的な一歩のパンチはどれも受けたくはないが、中でも彼の代名詞の「デンプシー・ロール」は輪をかけて勘弁してほしい技だ。体を∞の形に動かして反動をたっぷりつけ、振り子のようにパンチを連打するこの技の破壊力は、読者ですらゾッとしてしまう。テレビアニメ版では、ジェット戦闘機の駆動音のような轟音が演出として追加されていたが、それも納得だ。
象徴的だったのが、沢村竜平とのフェザー級タイトルマッチ防衛戦だろう。沢村の天才的なカウンターに苦戦を強いられた一歩は、自身の肉体も傷つける「新型デンプシー・ロール」を敢行し、最強の挑戦者をリングに沈めてみせる。
試合後、病院に運びこまれた沢村は肋骨3本と前歯4本を折り、さらに左目の眼底骨折で緊急手術を受けることに。眼球を支える骨が折れ、なんと眼球が落ちかかっていたのだ。
相手の眼球をあわやポロリさせかける「デンプシー・ロール」。その威力は「すさまじい」のひと言に尽きる必殺技である。
■肋骨を砕き内臓を突き刺す「諸刃の拳」鴨川源二の鉄拳
鴨川ジムの会長にして一歩の師匠である鴨川源二もまた、現役時代には弟子と同じ、いやそれ以上のハードパンチを振るったボクサーであった。
鴨川の若かりし頃を描く「戦後編」において、彼は親友の猫田銀八の仇をとるべく米兵のラルフ・アンダーソンに挑む。
技術、体格ともに劣る鴨川は“一撃必殺の拳で倒すしかない”と考え、河原の土手に突き刺した丸太を拳で殴るという常軌を逸した特訓をおこなう。拳を血に染め、激痛に歯を食い縛りながら丸太を打ち続けた鴨川は、その意志を体現したかのような固い「鉄拳」を携えてリングに上がった。
試合が始まると、ラルフのボクシング技術の前に手も足も出ない鴨川だったが、決して諦めない“勇気”を武器に立ち向かっていく。そして試合終盤、ついにラルフに左ボディを叩き込んだ! ボクシンググローブごしに拳の痕が刻まれるほどの破壊力にラルフは悶絶。そこで鴨川は間髪入れずに右ボディブローを突き刺し、奇跡の逆転KOを成し遂げるのだ。
腹に鉄拳を二度受けたラルフは肋骨を砕かれ、その折れた骨が内臓に突き刺さった、と語られている。それは想像したくもない地獄の苦しみだっただろう。
だがその一方、鴨川自身の拳も己の鉄拳の負荷に耐えきれずに壊れてしまう。対戦相手だけでなく自分も傷つける諸刃の拳は恐ろしいが、その覚悟で勝利をつかんだ鴨川はひたすらカッコ良く、読者に強烈な印象を残した。


