■ナチュラル過ぎる演技を見せた大阪が舞台の小さな物語
『大阪物語』(1999年)は、吉本興業が深く関わった1本で、池脇の映画デビュー作にして初主演作だ。『三井のリハウス』CMと同様に市川準が監督を務めた。いわば市川監督の“秘蔵っ子”として迎えられた彼女は、当時17歳。
実生活でも夫婦である沢田研二と田中裕子が夫婦漫才師を演じ、池脇はその娘・若菜を演じる。実在の芸人が多数出演するなど吉本の色は鮮明だが、「池脇を魅力的に映し、潜在的な能力を引き出す」という課題に対し、監督・市川、脚本・犬童一心は、自分たちの作家性を崩さずに最大限に応えた。
家族の変化、季節の移ろい、子どもたちの成長――物語の起伏を煽らず、日常の周囲の情景を丁寧に積むことで観客を引き込む。
オープニング、夕方の匂いがする広場で、池脇が演じる中学生の若菜はカメラ目線で自己紹介する。
「私の名前は霜月若菜。冬の寒い日のあの霜に、夜の月。ほんで、若い菜っ葉で霜月若菜。大阪で生まれて大阪で育った」
長めのポニーテール、赤いパーカー。風が穏やかに吹く。自分の境遇や家族を大阪弁で語るモノローグが、雑然とした町のスケッチに重なっていく。大阪の町で、若菜は生き生きと暮らしている。両親にひと悶着あり、自身には心が躍る出来事が起こる――。
日常の中に、ささやかな非日常がある。そのなかでほんの少し成長する姿が、実に自然体で演じられていた。
■素材から俳優へ、成長が顕著に見られたファンタジー作
『金髪の草原』(2000年)は、大島弓子の同名短編漫画を、『大阪物語』で脚本を手掛けた犬童が監督として実写化した作品だ。公開当時、池脇は18歳だった。
自分を20歳だと思い込む80歳の老人・日暮里(伊勢谷友介)と、新任ヘルパーのなりす(池脇)との静かな物語だ。認知症という、ある意味で残酷な現実をモチーフとするが、コミカルな要素も含みつつ、老人役を若い伊勢谷が演じることで徹底したファンタジーに仕上がっている。
『大阪物語』での池脇は、 等身大といえる大阪弁を話す中学生役だった。しかし、『金髪の草原』では、認知症老人をケアするヘルパーという自分とかけ離れた役が与えられた。言葉遣いも違う。
この役には、あまり極端な感情表現はない。なりすは戸惑いながらも、日暮里にやさしく寄り添う。池脇の小さな演技の連続と表情の変化が、どこか幻想的な世界をそっと支えている。この作品で彼女はミニシアター系日本映画ファンの信頼度を高めたといえるだろう 。
そしてその後、2001年10月より、NHK連続テレビ小説『ほんまもん』で主演。料理人を目指す女性を演じ、知名度を確かなものにした。そして、経験値を蓄えた2003年、勝負作といえる作品に取り組んだ。
それが、田辺聖子の同名小説を原作とした『ジョゼと虎と魚たち』だ。監督は『金髪の草原』に続いて犬童一心が務めた。
池脇が演じるのは、足が不自由な女性“ジョゼ”だ。髪の毛を無造作に伸ばし、大阪弁を話す。ファッションは独特である。読書好きで知識は豊かだが、車椅子を使わないため行動半径は狭い。そして、あるきっかけで大学生の恒夫(妻夫木聡)と惹かれ合う。
20歳を超えた池脇にとって、この作品は大きな一歩だった。ジョゼの微妙な心理の揺れ、恋愛への陶酔、葛藤、性的な衝動、不安――それらがないまぜになるさまを、細やかに表現することが求められた。胸を露出し、恒夫と唇を重ねるシーンもある。
甘く、幸せな時間が確かにある一方で、恒夫は次第にジョゼを支え続けることに自信を失っていく。ラスト、ジョゼの姿は力強い。映画の冒頭とは明らかに違う。この作品はミニシアター界隈で長く支持され、名作として繰り返し語られていくことになる。
“アーリー池脇千鶴”の魅力は、作品の中に永遠にアーカイブされている。いまも役作りを更新し続ける池脇の演技に惹かれたなら、初期の出演作もあわせて観てほしい。ひとりの俳優の成長と変化が、1本の長編作品を観るような感覚でつながって見えてくるのではないだろうか。


