令和の時代、アニメのテレビ放送を見逃したとしても、動画配信サービスなどでいつでも気楽に視聴できるようになった。
しかし、昭和のアニメ視聴はリアルタイムで観るか再放送を待つのが主流で、決まった時間にテレビの前にいる必要があって大変だった。
1980年代の半ば頃から家庭用ビデオデッキが普及し、それに伴ってレンタルビデオ店も急増。録画したアニメを繰り返し視聴したり、新作のビデオをレンタルして楽しんだりと、アニメファンにとって大きな変革が訪れる。
そして、この時期に登場したのがビデオテープやレーザーディスクなどで発売された「OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)」である。
2025年現在、映画の入場料金は2000円前後だが、1980年代は1500円程度。しかし、60分前後が収録されたOVAの価格は1本1万円以上するのもざらで、レンタル店での貸し出し料金も高額、当時のアニメ好きにとっては、まさに高嶺の花だった。
だが、OVAには日本のアニメ界を牽引する、才能あふれるクリエーターの意欲作が多数あり、多くのファンが苦心しながら視聴したのである。
そこでここでは当時、筆者が何としても見たかった、昭和を代表する魅力にあふれたOVA3作品を紹介したい。
※本記事には各作品の内容を含みます。
■日本を代表するクリエイターによる強力タッグ! 幻想的な世界観と圧巻の映像美に酔いしれたOVA
1985年12月に発売された『天使のたまご』は、監督・脚本・原案は押井守さん、原案・アートディレクションは天野喜孝さんが担当した72分のOVA作品。新進気鋭のアーティストがタッグを組み、作家性あふれるオリジナル作品を生み出した。
中世的な廃墟の町を舞台に、大きな卵を抱える少女と、十字架のような武器を担ぐ記憶喪失の少年の邂逅を描く。少年役を演じたのは、当時30代後半だった俳優・根津甚八さんで、低く穏やかな声が印象的だった。
登場するのは名前のない少年と少女のみ。町で少女が一人で暮らす理由や卵を守る経緯などの説明はない。壁に埋め込まれた羽を持つ化石を“天使”だと信じる少女は、大きな卵の中身は天使だと信じているが、その確証はない。
そして少女の棲む世界は何もかもが不確かで、異様だ。
機械仕掛けの巨大な太陽が海に沈むと夜になる。その太陽の中央には眼球が模され、表面には蒸気を排出する煙突や人型の石像が無数に並ぶ。赤い空、いびつな樹木、格子模様の地面、大きな木に掲げられた透明な卵の中身、魚の影を追う漁師たちの記憶など、映像からは鬱蒼とした息苦しさが次々と襲ってくる。
建物の装飾は緻密に描き込まれ、少女が歩く石畳や石の階段はリアルに表現されているのに、なぜか現実味がない。美しく重厚な音楽も、不気味な風の音とともに不安感と陰鬱とした雰囲気を増幅させる。
一方、卵を抱く少女の存在は神聖で、拾い集めたガラス瓶に水をくむ姿は清らかに感じられた。そんな少女の世界を、赤い戦車の轟音とともに現れた少年が壊してしまうのだ。
この作品には通常の物語にあるような起伏ある展開はほとんどない。会話自体も少なく、抽象的なため解釈は見る人によって千差万別だ。
本作はOVAながら、発売前に限定劇場公開もされている。この作品を10代の頃に映画館で見た筆者は、もちろん内容を理解することなんてできなかった。ただただ美しい映像と、作品が醸し出す雰囲気に圧倒されるだけだったが、卵をつぶされたときに少女があげた“悲鳴”が衝撃的で、今も忘れることができない。
そして公開40周年を迎えた2025年、4Kリマスター化された『天使のたまご』が、第78回カンヌ国際映画祭・クラシック部門に選出され、5月13日にワールドプレミア上映された。
同年11月14日よりドルビーシネマ限定で先行公開が行われ、翌週の11月21日からは全国で順次公開される。
この『天使のたまご』は押井守さんと天野喜孝さんのセンスが凝縮された作品ではあるが、万人にオススメできるような分かりやすい内容ではない。しかし40年前に筆者が味わった衝撃シーンを、今のアニメファンはどのように受けとめるのか、ぜひ知りたいところだ。


