■“逃げた"ことで変わった人生『ドラゴンボール』ベジータ

 1984年から連載が始まったバトル漫画の金字塔、鳥山明さんの『ドラゴンボール』。本作にも、逃げることで活路を見出したキャラクターがいた。それが、誇り高きサイヤ人の王子・ベジータである。

 孫悟空との激戦の末、ボロボロの状態となったベジータは退避を決断。宇宙船に乗り込み、命からがら地球をあとにしている。

 しかもその際、クリリンにとどめを刺されそうになったところを、宿敵である悟空に助けられもしている。悟空としては強い相手と戦いたいという純粋な思いからの行動だったが、ベジータからしたら、敵に情けをかけられたのと同じことだ。

 あの瞬間のベジータにあったのは、計り知れない屈辱と、初めて味わう完全な敗北感であった。しかし、それと同時に、必ず戻ってきて復讐を果たすという執念の炎も燃え上がっていた。

 この地球からの逃走こそが、後のベジータを大きく変える転換点となる。この経験がなければ、彼は永遠に孤高の戦士のままだったかもしれない。だが、再び地球を訪れ、ナメック星で悟空たちと共闘し、その後、地球で暮らす中、彼はブルマやトランクスといった家族を得て、守る者へと強さの意味を変えていくのである。

 あの逃走がなければ、家族も、成長も、プライドの再定義もなかった。彼にとって逃げることは、再起の始まりだったのだ。

 

 ここまで見てきたように「逃げる」という選択は、決して弱さの象徴であるとは限らない。むしろまだ終わらせない、次へと繋ぐという、未来を見据えた強い意志の表れでもあるだろう。

 彼らの“逃げ”は、臆病さの対極にある生存のための戦略であった。逃げる勇気を持つ者こそ、物語における真の強者なのかもしれない。

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